始めに
ウィリアム・フライヤー・ハーヴィー「炎天」解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ハーヴィーの作家性
ハーヴィーは、近代イギリス幽霊譚の最高峰であるM. R. ジェイムズの影響を強く受けています。ジェイムズが確立した日常的な風景の中に、異質なものが唐突に現れるというアンティクアリアン的スタイルを継承しています。
19世紀の怪奇小説の先駆者であるレ=ファニュも、ハーヴィーの精神的な先達と言えます。レ=ファニュの代表作『緑茶』に見られるような、内面的な幻覚なのか、それとも外部の怪異なのかという曖昧な境界線の描き方は、ハーヴィーの『五本の指の獣』などの作品に色濃く反映されています。
ハーヴィーの作品にしばしば登場する逃れられない運命や強迫観念というテーマは、ポーが描いた人間の心理の闇に通じています。
ハーヴィーが属していたクエーカー教徒の価値観は、彼の筆致に最大の影響を与えました。
運命論の恐怖
テーマは未来はすでに決定されており、人間はそこへ向かって歩まされているに過ぎないという絶望的な決定論です。
画家のウィゼンクロフトが描いた裁判を待つ犯罪者の絵と、石工のアトキンソンが刻んだウィゼンクロフトの命日が記された墓石の、二つの偶然が重なった瞬間、読者は未来は変えられないという確信を突きつけられます。二人は初対面であるにもかかわらず、お互いの作品によって相手の運命を規定してしまいます。平穏な日常が、ほんの少しのズレによって悪夢へと変貌する様子を描いています。想像で描いた絵と仕事で彫った墓石という、本来なら現実とは無関係なはずの創作物が、あまりに正確に現実を予言してしまう恐怖があります。
タイトルの通り、逃げ場のない暑さが物語の不穏さを増幅させる重要なメタファーとなっています。異常な猛暑が人々の理性を狂わせ、衝動的な行動を誘発する予兆として機能しています。物語の終盤、アトキンソンがナイフを研ぐ音だけが響く静かな描写は、読者の暑さによる不快感を血の予感へと結びつけます。
この物語は、実際に何かが起こる手前で幕を閉じます。実際に殺人が行われる場面を描かないことで、読者はこれから起こるであろう惨劇を頭の中で完成させざるを得ません。この暗示による恐怖こそが、ハーヴィーが意図した真のテーマと言えます。
物語世界
あらすじ
8月20日、うだるような暑さの日。画家のジェームズ=ウィゼンクロフトは、何かに憑りつかれたように一枚の絵を描き上げます。
それは、裁判官から判決を言い渡された直後の、太った男の姿でした。男の顔には、筆舌に尽くしがたい恐怖と絶望が浮かんでいます。ウィゼンクロフト自身、なぜそんな男を描いたのか、そのモデルが誰なのかも全く心当たりがありませんでした。
夕方、気分転換に散歩に出たウィゼンクロフトは、あまりの暑さに誘われるように、ある石工の作業場に足を踏み入れます。そこで作業をしていた石工の顔を見て、彼は凍りつきます。その男は、先ほど自分が描いた絵の中の男と瓜二つだったのです。男の名はチャールズ=アトキンソン。彼はウィゼンクロフトの絵のことなど知るはずもなく、愛想よく彼を迎え入れます。
アトキンソンが見本として彫っていた墓石を見せられたとき、さらなる戦慄がウィゼンクロフトを襲います。そこには、なんとウィゼンクロフト自身のフルネームと生年月日、そして「190X年8月20日(今日)、急死す」という没年月日が刻まれていたのです。アトキンソンはただ、なんとなく思いついた名前と日付を彫っただけだと言い、二人はあまりに奇妙な一致に困惑します。
夜になり、外はさらに息苦しいほどの熱気に包まれます。アトキンソンはこの暑さの中を帰るのは危険だと言い、ウィゼンクロフトに夕食を共にし、涼しくなるまで待つよう勧めます。
物語は、ウィゼンクロフトが日記に最後の一行を書き記すところで終わります。向こう側では、アトキンソンが暑さで刃がなまっちまったと言いながら、静かに、執拗に、石彫り用のナイフを研いでいます。




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