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トーマス・ベルンハルト『ヴィトゲンシュタインの甥』解説あらすじ

トーマス・ベルンハルト
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はじめに

トーマス・ベルンハルト『ヴィトゲンシュタインの甥』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

ベルンハルトの作家性

 ベルンハルトはウィトゲンシュタインの哲学に執着し、代表作『ウィトゲンシュタインの甥』では、哲学者本人の甥であるパウルとの友情を描きました。ショーペンハウアーの徹底したペシミズムと、世界を意志と表象として捉える視点も継承します。またパスカルからも影響があります。ベルンハルトはエッセイを得意とし、モンテーニュの『エセー』からの影響が指摘されます。


​ カフカにおける官僚制度への風刺、父という存在へのこだわりからも刺激が見て取れます。ベケット のミニマリズムなどとも共通点が多いです。


​ シュティフターはオーストリアの国民的作家ですが、ベルンハルトは『古き良き巨匠たち』の中で彼を徹底的に罵倒しました。​カトリック教会とオーストリア国家も否定しました。

ヴィトゲンシュタインとパウル

 ベルンハルトはこの本の中で、叔父ルートヴィヒと甥パウルを対比させています。ルートヴィヒは、その狂気を哲学という形式に押し込めることで社会的に認められましたが、パウルはその狂気に飲み込まれ、精神病棟で一生を終えます。


​ パウルこそがルートヴィヒが理論化した絶望を、身をもって生きた人間だと示唆されます。パウルは哲学を書かなかったのではなく、あまりに知性的であったために書くことさえ不可能だったのだ、という逆説的な尊敬が流れています。

語りの構造

 語り手はベルンハルト自身で、自伝的内容です。

 物語は、1967年のウィーン、ウィルヘルム=スティーニ=ホスピタルという病院を舞台にします。語り手(ベルンハルト自身)は肺の病、パウルは精神の病で、同じ敷地内の異なる病棟に入院しています。二人の友情は、社会から病人や狂人として排除された者同士の連帯です。ベルンハルトは、パウルの中に自分自身の鏡像を見ています。

​ ウィーンの社交界や文化人が、パウルが健康な時は社交界の寵児としてもてはやし、彼が病むと冷酷に切り捨てたことを激しく糾弾します。パウルは音楽への深い造詣を持っていましたが、その情熱もウィーンの保守的で硬直した空気の中では、彼を救うどころか破滅へと追いやる要因となりました。

物語世界

あらすじ

 ​物語の舞台は1967年、ウィーンのシュタインホーフ精神病院。語り手である「私」(ベルンハルト)は、重い肺病のために呼吸器病棟に入院しています。一方、友人のパウルは、そのすぐ近くの精神病棟に入院していました。


​ パウルは、大哲学者ルートヴィヒの甥であり、莫大な富を築いたヴィトゲンシュタイン家の一員です。しかし彼は、その知性と情熱を狂気へと転じさせてしまった人物でした。音楽、特にオペラを狂信的に愛し、レーシングカーを乗り回し、ウィーンの社交界を騒がせるエキセントリックな存在でした。


 病棟のベンチで再会した二人は、死の影が漂う中で対話を重ねます。彼らは、ウィーンの俗物的な芸術界、無能な医師、そして自分たちを理解しようとしない社会への憤りを共有し、毒舌を吐き散らします。


​ 物語は、肺病を患いながらも書くことで生き延びようとする語り手と、自らの知性と狂気に食いつぶされ、孤独のうちに衰弱していくパウルの姿を対比させます。最終的にパウルは没落し、悲劇的な最期を迎えますが、語り手はそんな彼の中に誰よりも純粋な精神を見出します。

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