始めに
ガルシア＝マルケス『百年の孤独』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ウィリアム＝フォークナーについて
本作はフォークナー（『響きと怒り』）の影響が知られています。
フォークナー（『響きと怒り』）の手法の特徴はヨクナパトーファサーガと呼ばれる架空の土地の歴史の記述のメソッドです。フォークナーはバルザック(『従妹ベット』)の影響から、人物再登場法の手法を取り入れています。これは同じ人物を他の作品の登場人物として何度も登場させる手法です。また、家族の血脈に注目する手法はゾラのルーゴン＝マッカルー叢書(『居酒屋』)などに習っています。また、架空の土地創造の手法はS＝アンダーソンに習っています。
またフォークナーには、コンラッド『闇の奥』の影響も顕著で、これによって複数の等質物語世界の語り手を導入したり、異質物語世界の語りと組み合わせたりしています。また、トルストイ(『アンナ=カレーニナ』)、ドストエフスキー(『カラマーゾフの兄弟』)、H ＝ジェイムズ(『ねじの回転』『鳩の翼』)のリアリズムの影響で、一人称的視点の再現について示唆を受けています。同時期のモダニスト、ジョイスもデュジャルダンの『月桂樹は切られた』などの影響で、プルースト(『失われた時を求めて』)もベルクソンの現象学の影響で、それぞれ独自の意識の流れの手法について開発し、現象的経験の時間的に連続した経過の再現を試みています。
フォークナーもそうした手法によって、複数のエージェントの視点からの歴史記述を試みます。エージェントのフラッシュバックなど主観的タイムトラベルが展開されることで、時間が過去から現在へと縦横に移動し、土地の歴史を記述します。
プラグマティックな歴史記述
フレイザー『金枝篇』がT=S＝エリオット『荒地』に導入されて以降、作家は語りの手法に民俗学、社会学的アプローチをも積極的に取り入れるようになっていきました。本作でもアナール学派的な、中央の事件史に抗する心性史としての歴史記述のアプローチが採択されています。
旧来的な中央の事件史としての歴史記述においては、歴史の構造的理解に欠き、そこから捨象される要素が大きすぎましたが、アナール学派は特定のトポスに焦点を当てたり、ミクロなアクターの視点に注目したりして、歴史の構造的把握と、歴史を構成するアクターの単位の修正を図りました。本作も同様に、ミクロな歴史的アクターの一人称的視点に着目しつつ、その集積物として歴史を構造的にとらえようとするプラグマティックな歴史記述のアプローチが見えます。
歴史の中のミクロなアクターの視点、語りを通じて歴史を記述、再構築しようとするアナール学派的アプローチは、小説家にとっても強力な武器となったのでした。
本作も、ゾラやフォークナーにあった、特定の血族やトポスに着目するアプローチを採択しつつ、マコンドの興亡を描きます。
マコンドの興亡
ホセ＝アルカディオ＝ブエンディアとウルスラ＝イグアランを始祖とするブエンディア一族がコロンビアの熱帯雨林に蜃気楼の村マコンドを創設し、滅亡するまでの100年間を舞台とします。
全体的にはエピソード集のようなデザインです。百年の中で繰り返される土地と血の歴史が因果となる宿命や運命に翻弄されるキャラクターの姿が描かれていきます。このあたりは中上『千年の愉楽』に重なります。
タイトルの孤独
タイトルになっている孤独とは、植民地世界であるコロンビアにあるマコンドの百年に渡る孤立と、人間という存在が根源的に抱える孤独を伝えるものになっています。
ジプシーの一団や、鉄道の開通、アメリカ資本の流入など、しばしば外界との接点が生まれるものの、マコンドは孤独なロケーションです。千日戦争やバナナ大虐殺をモデルにした事件の後、老朽化し、やがては孤独のまま地図からも消えてしまうマコンドを描きます。宗主国スペインの植民地支配とその名残り、またアメリカ資本の影の中で疎外された周縁的なトポスであるマコンドの孤独を描いています。
そんなマコンドを彩るブエンディア一族もそれぞれ人生の中で孤独を抱えています。
孤独なマコンドの消滅は、必ずしも悲劇的な要素だけではなく、むしろ解放と救済をも感じさせます。
千日戦争と大佐
現実のコロンビアでは1819年のスペインからの独立以来、中央集権の保守党と連邦主義の自由党の二大政党制による議会制民主主義体制が続いていたものの対立を深めていました。やがて1899年から1902年の内乱の千日戦争につながり、本作にもそれが描かれます。
マコンドもコロンビアの混乱に直面します。町では保守党と自由党の間で不正選挙が行われ、ブエンティア一族のアウレリアーノ＝ブエンディア大佐は保守党政府に対する内戦に参加します。象徴的な革命指導者となり、最終的には戦争に疲れ、保守党との平和条約に署名したのでした。闘争に幻滅し孤独の中で大佐は死んでいきます。
バナナ大虐殺
1928年の秋、ユナイテッド・フルーツの労働者がストライキを起こしました。ストライキが長引くなら軍事介入するとアメリカ政府の圧力のもと、コロンビア政府は12月6日、武力でストライキを鎮圧し、虐殺がなされたのでした。
この現実にあった事件をモデルにした虐殺が本作でも描かれます。これはラテンアメリカ世界における支配と収奪、暴力の連鎖を象徴するエピソードであり、本作がテーマとする周縁的世界の孤独を体現しています。
一族のホセ＝アルカディオ＝セグンドはバナナ農場のストライキで主要な役割を果たし、コロンビア軍がストライキ中の労働者を虐殺した際の唯一の生存者でした。
孤独と栄光、そして没落
フォークナーに影響したモダニズムの先駆者がコンラッドでした。
コンラッドはフローベール(『ボヴァリー夫人』)やその弟子モーパッサンのリアリズム文学、自然主義文学を好みました。フローベール『ボヴァリー夫人』的な、ブルジョワ社会における自己実現をめぐった栄光への野心と破滅の主題は、『闇の奥』においてもクルツの絶頂と破滅という形で継承されています。ブルジョワ社会の頽落への批判的なテーマはT＝S=エリオット『荒地』にも見えます。
『闇の奥』で主人公となるクルツは、植民地世界でその手腕により栄光を掴み、現地で崇拝を集めカルト的なコミュニティを形成します。しかしやがて孤独な栄光の中で狂気に取り憑かれ、破滅していきます。
本作では、クルツのように孤独な栄光を掴み、そして破滅していくのはブエンディアの血族です。マコンドでブエンディア一族は支配者として立ち、エリート主義を強め、利己主義に走ります。孤独な栄光の果てにマコンドとともに没落していく血族が描かれます。
年代記と百年
本作の時間論的なデザインにおいて特徴的なのは、百年という長いタイムスケールの変遷をマコンドの血族の年代記として展開していることです。ここにはゾラやフォークナーの影響が見て取れます。
ウルフ『ダロウェイ夫人』やジョイス『ユリシーズ』が一日という短いタイムスケールで展開されるのとは対象的です。ほかに大江健三郎の『万延元年のフットボール』では、フットボールと一揆という行為の共通性、相互の象徴性から、長いタイムスパンの中での歴史を描いています。
本作は意識の流れの手法が駆使されるため、百年のうちに、主観的なメンタルタイムトラベルが展開されて行きます。
百年の輪廻
T＝S＝エリオット『荒地』の下敷きとなった文化人類学者フレイザー『金枝篇』が、ネミの森の王殺しの儀式の伝統に対して、自然の象徴である森の王が衰弱する前に殺すことで、自然の輪廻と転生のサイクルを維持するためだという解釈を与えています。ここから以降のモダニズム文学に輪廻と転生のモチーフが現れるようになりました。
たとえばサリンジャー『ナイン＝ストーリーズ』などにもその影響が伺えます。中上健次『千年の愉楽』、三島『豊饒の海』シリーズ(1.2.3.4)、押井守監督『スカイ・クロラ』などにも、モダニズムの余波としての転生モチーフが見えます。
本作における輪廻と転生とは、マコンドの周縁的世界の中で繰り返される暴力と孤独の循環です。植民地支配とその余波、またアメリカ資本の影に悩む孤独なマコンドはそれが因果となって、悲劇的な歴史を繰り返していきます。
マジックリアリズム
本作はマジックリアリズムと形容され、カフカ(『変身』)やドストエフスキー（『分身』）からの影響と思しき幻想文学的な要素が印象的な内容となっています。
本作でも幽霊が登場するなど幻想的なモチーフが印象的です。幽霊のモチーフは、マコンドに影をさす、血の歴史や欧米列強の支配の象徴にもなっています。
語りの構造
本作は異質物語世界の語り手を設定しつつ、複数の焦点化人物を設定しています。それによってマコンドの口語的な世界を描写していきます。
その猥雑とした語りは『族長の秋』で極まっています。
物語世界
あらすじ
ホセ＝アルカディオ＝ブエンディアとウルスラ＝イグアランを始祖とするブエンディア一族が蜃気楼の村マコンドを創設し、滅亡するまでの100年間を舞台とします。
コロンビアのリオアチャにあるコミュニティでは、近い血縁での婚姻が続いたため、豚の尻尾が生えた奇形児が生まれます。それを見たウルスラは性行為を拒否するものの、それを馬鹿にされ、ウルスラの又従兄弟で夫のホセ＝アルカディオは彼女を馬鹿にした男を殺します。しかし殺された男がホセとウルスラの前に現れ続けたために、夫妻は故郷を離れてジャングルを放浪した末に、新しい住処「マコンド」を開拓します。そしてウルスラは「豚のしっぽ」が生まれないよう、婚姻の相手は血の繋がりのない相手に限定するという家訓を残しました。
マコンドは、何年もの間孤立しており、外の世界から切り離されています。ただし、毎年ジプシーの一団が訪れ、外の文化を町民に見せます。ジプシーのリーダーであるメルキアデスという男は、ホセ・アルカディオと親しい友人でした。アルカディオは次第に内向的になり、ジプシーから知った宇宙の謎の調査に夢中になります。最終的には気が狂い、死ぬまで家族に拘束されました。
やがてマコンドは、新しく独立したコロンビア政府と対峙します。町で保守党と自由党の間で不正選挙が行われ、アウレリアノ・ブエンディアは保守党政府に対する内戦に参加、革命の象徴的な指導者となります。最終的に戦争に辟易し、保守党と和平条約を締結する形で妥協します。彼はマコンドに戻り、残りの人生を工房で小さな金魚を作りながら失意の中で過ごします。
マコンドに鉄道が敷かれ、新しい技術と多くの外国人移住者がもたらされます。アメリカの果物会社が町の郊外にバナナ農園を設立、川の向こう側に独自のプランテーションを作ります。ここで、コロンビア軍が何千人もの農園労働者をストライキを理由に虐殺するという悲劇が起こります。虐殺の唯一の生存者であるホセ アルカディオ セグンドも虐殺の証拠を見つけられませんでした。
マコンドは衰退し、ほぼ放棄された状態に陥り、ブエンディア家はアマランタ・ウルスラとその甥のアウレリアーノの2人だけになります。アウレリアーノとアマランタ・ウルスラは知らず近親相姦関係を始めます。2人の間には豚の尻尾を持つ子供が生まれ、女家長ウルスラの生涯にわたる恐怖が現実のものとなります。アマランタ・ウルスラは出産で亡くなり、子供は蟻に食い尽くされ、アウレリアーノが最後の家族となります。
アウレリアーノは、メルキアデスが何世代も前に原稿に残した暗号を解読します。それはは、ブエンディア家の代々が経験した幸運や不運を伝えるものでした。アウレリアーノが原稿を読んでいると、周囲に暴風が吹き始めるのを感じ、そのせいでブエンディア家が地球上から消滅する運命にあると文書に書かれているのを読みます(おそらくはマコンドを破壊する強風でアウレリアーノも死亡)。
参考文献
・大橋健三郎『フォークナー アメリカ文学、現代の神話 』（1993.中央公論新社）
・ジェラルド＝マーティン (著), 木村 榮一 (翻訳)『ガブリエル・ガルシア＝マルケス ある人生』
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