はじめに
川端『美しさと哀しみと』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ドストエフスキー流の心理リアリズム、モダニズム(ジョイス、横光利一)、少女小説(内藤千代子)
川端康成が好んだ作家はまずドストエフスキーなどの心理リアリズム作家で、サリンジャー(『ライ麦畑でつかまえて』)にも似た理想主義的な少女の表象はまずドストエフスキー(『地下室の手記』『虐げられた人々』)の影響を伺わせます。
また内藤千代子の少女小説風の少女の表象が印象的です。
谷崎の古典趣味と心理劇
川端は全体的に谷崎の古典趣味と心理劇の影響が顕著です。
谷崎潤一郎は英仏の象徴主義、古典主義からの影響が顕著です。オスカー=ワイルドの作品は『ウィンダミア卿夫人の扇』などを共訳で翻訳していますし、『サロメ』的なファム=ファタールを描いた『痴人の愛』もあります。スタンダール(『赤と黒』『パルムの僧院』)的な心理劇、古典主義も谷崎に顕著に影響していて、日本の王朝文学への関心もフランスの心理主義文学、宮廷文学への関心と結びついています。谷崎潤一郎『細雪』はそうした谷崎の古典趣味が遺憾なく発揮された、京都のアッパーミドルの家族を描く物語です。
本作も京都を舞台にして、古典的な趣味の光る物語になっています。
また本作は谷崎の『卍』と内容的に類似性が強く、三角関係のエスカレートによる破滅、レズビアニズムのモチーフ、朦朧とした語りで暗示的なラストなど、特に重なって見えます。
伊藤初代への失恋
川端文学の根源には、初恋の少女・伊藤初代との失恋があります。
伊藤初代は東京府東京市本郷区本郷元町2丁目の壱岐坂のカフェ・エランで女給をしていた少女で、1921年10月8日に川端と婚約したものの、婚約破棄の手紙を川端は受け取り、初代は川端の前から姿を消し、新たに勤めたカフェ・アメリカの支配人の中林忠蔵と結ばれます。
まあ、身も蓋もないことをいうと世間知らずのボンボンが水商売の女性に入れ込んでゴリ押ししたけど、結局躱されてしまった感じですが、この失恋は川端の人生と作品に大きな影響を与えました。
よくある展開は「運命の人と感じた相手を背信や裏切りで失う」「三角関係」「不倫や結婚への不満や違和感」といったものとして描かれます。
物語世界
あらすじ
年の暮、50代の小説家・大木年雄は、24年前に愛した上野音子に会いたくなり、京都へ赴きます。音子は名の知れた日本画家となっていて、独身です。
音子は当時16歳で妻子ある大木を知り、17歳の時に大木の子を8か月で早産したものの、女児は生まれてすぐ死にます。音子は自殺を企て、命は失わなかったものの精神病院に入院し、母親に連れられて京都へ移り、大木と疎遠になりました。大木は、嵐山を廻り、大晦日に京都で除夜の鐘を聞きたいと、音子に電話をします。
翌日の夜に大木のホテルに迎えに来たのは、音子の女弟子の坂見けい子でした。元日の昼、北鎌倉へ帰る大木を駅で見送ったのはけい子だけでした。大木は別れ際に列車の窓から、けい子の絵を送ってほしい、今度家に寄ってくれと挨拶します。
大木の出世作は、音子との恋愛を書いた長編『十六七の少女』でした。主人公の情熱的な少女は読者に愛され、大木は作家として成功します。大木の妻・文子は、夫が音子と密会している時期、嫉妬に苦しみます。妊娠していた2人目の子は流産し、次の子・組子を産みます。
早春、けい子が自分の抽象画を2作持って大木の家を訪れますが、大木が留守で息子の太一郎が応対し、帰りは駅までけい子を送ります。太一郎は私立大学の国文科の講師です。太一郎はけい子の魅力に誘惑されます。
けい子は、音子が今でも大木を愛していることに悟り、嫉妬と音子への愛から大木の家庭を破壊しようとします。けい子は、自分が妖婦になる前に、絵のモデルにしてほしいと伝えます。音子は「稚児太子図」のようにけい子を描き、「聖処女像」の仏画にしようとします。
梅雨のある日、大木の在宅中、けい子が抽象画を持って訪ねます。けい子は自分を小説のモデルにしてほしいと、大木を誘惑します。2人は江の島のマリンランドに行き、ホテルに泊まります。しかしけい子が処女ではないと思い込んだ大木の愛撫が本格的になると、けい子は音子を呼び、大木はひるんで力が抜けます。
西芳寺の石庭をみながらけい子は大木とホテルに泊まったことを音子に告げ、自分が代りに大木の子供を産み、先生にあげると言います。音子はけい子の頬を平手打ちしますが、その後2人は木屋町の思い出の店「ふさやか」に行きました。そこは音子とけい子とが初対面した場所で、音子はけい子を内弟子にし、レズビアンの関係になりました。
大木の息子・太一郎は「実隆公記」の研究論文こため、二尊院の奥山にある三条西実隆の墓を見に行こうとします。けい子に会いに行くと決めたことが母・文子には直感で分かります。大木は、太一郎をけい子に会わしてはならないと焦ります。伊丹空港まで太一郎を迎えに来たけい子は、木屋町の「ふさやか」に太一郎を案内し、夜中に音子の元に戻って眠ります。
音子は「嬰児昇天」の本絵の構想を考えています。赤ん坊と死に別れ、大木と生き別れ、母と死に別れて、その人たちは今も音子の中に生きているが、そこに生きているのは音子ひとりで、音子がけい子に溺れているのも、音子自身の自己思慕がそうさせているのかもしれません。
翌朝けい子は、制止する音子を振り切って、太一郎と一二尊院の裏山に出かけます。木陰で太一郎に胸をまさぐられ、大木の時とは逆に右側を触られるのを拒みながら、けい子は太一郎を誘惑して 琵琶湖のホテルへと誘導します。太一郎がシャワーを浴びている間、けい子は北鎌倉の大木家に電話を入れ、太一郎が結婚の約束をしてくれたから許可してほしいと文子に言い、太一郎を電話口に呼びます。太一郎は母親にすぐ帰るように言われるものこ、水着になったけい子に誘惑されます。その後、けい子はモーターボートを借りて、太一郎と琵琶湖に行きます。
3時間後、ヨットに救い出されたけい子は鎮静剤を打たれて病院のベッドにいました。ニュースを聞いて音子、大木夫妻もやって来ます。文子は音子に、太一郎を殺させたのはあなたですね、言い、寝ているけい子を起こそうと激しく揺すぶります。息子を捜索するため大木夫妻が出ていくと、音子はけい子の傍らに倒れこみ、寝顔を見つめます。けい子の目じりから涙が流れ、音子が名前を呼ぶと、けい子は目を開け、音子を見上げました。
参考文献
小谷野敦『川端康成伝-双面の人』(2013.中央公論新社)



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