始めに
大江『「雨の木」を聴く女たち』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
語りの構造とテーマ
中年を迎え、精神的危機にある国際的な作家「僕」が語り手で、大江健三郎の分身です。
連作の中心モチーフである「雨の木」というのは、驟雨があると翌日の昼すぎまでその茂りの全体から滴をしたたらせて、雨を降らせるようだからそう呼ばれ、小さい葉をびっしりとつけていて、その葉に水滴をためこむ木であると、アガーテというキャラクターが伝えています。
この雨の木は、ユグドラシルのような神話的イメージによって描かれ、死と再生を司るものとして描かれています。ここにはエリオット『荒地』などからの影響が見えると同時に、『懐かしい年への手紙』へとつながっていく要素が見えます。
輪廻のモダニズム
輪廻、転生のモチーフは、本作と連続的な『懐かしい年への手紙』『燃え上がる緑の木』のシリーズでも描かれます。
まずT=S=エリオット『荒地』の下敷きとなった文化人類学者フレイザー『金枝篇』が、ネミの森の王殺しの儀式の伝統に対して、自然の輪廻と転生のサイクルを維持するためという解釈を与えています。以降のモダニズム文学で、「輪廻」「循環」「死と再生」のモチーフが継承されていきます。サリンジャー『ナイン=ストーリーズ』などにもその影響が伺えます。中上健次『千年の愉楽』、三島『豊饒の海』シリーズ(1.2.3.4)、押井守監督『スカイ・クロラ』などにも、モダニズムの余波としての転生モチーフが見えます。
大江もこのエリオット『荒地』からの影響が顕著で、そこにラテンアメリカ文学と人類学からの刺激を受けて、本作の「雨の木」というモチーフは形成されました。
ラテンアメリカ文学と人類学
フレイザー『金枝篇』がT=S=エリオット『荒地』に導入されて以降、作家は語りの手法に民俗学、社会学的アプローチをも積極的に取り入れるようになっていきました。特に本作でも用いられているアナール学派的な、中央の事件史に抗する心性史としての歴史記述のアプローチや文化人類学への着目、アナール学派的視座は、ガルシア=マルケス『族長の秋』『百年の孤独』などラテンアメリカ文学などとモードを共有し、影響されています。
旧来的な中央の事件史としての歴史記述においては、歴史の構造的理解に欠き、そこから捨象される要素が大きすぎましたが、戦後歴史学の潮流であるアナール学派は分析枠組みに社会学、人類学を取り入れたり、特定のトポスに焦点を当てたり、ミクロなアクターの視点に注目したりして、歴史の構造的把握と、歴史を構成するアクターの単位の修正を図りました。本作も同様にアナール学派的な、文化人類学へのリファレンス、心性史としての文学史、歴史学的コンセプトを孕んでいます。
歴史の中のミクロなアクターの視点、語りを通じて歴史を記述、再構築しようとするアナール学派的アプローチは、小説家にとっても強力な武器となったのでした。
他作品との関係
『泳ぐ男――水の中の「雨の木」』の玉利くんは、『静かな生活』で中心的な悪役として登場します。
『「雨の木」の首吊り男』のカルロスは、『いかに木を殺すか』の「メヒコの大抜け穴」にも登場します。
高安カッチャンのことは『僕が本当に若かった頃』でも描かれていきます。
物語世界
あらすじ
頭のいい「雨の木」
「僕」はハワイで行われた文学シンポジウムに参加(「文学における東西文化の出会い」がモデル)します。迎賓のパーティーが民間の精神療養施設で行われます。
そこで「僕」はアガーテという女性から庭に立つ「雨の木」のことを教えてもらいます。パーティーは施設の収容者によって開催されていたことが分かり、アガーテも施設の患者でした。
「雨の木」を聴く女たち
大学時代の旧友の英文学者で虚言癖のある高安カッチャンが、ハワイ滞在中の「僕」を訪ねます。重度のアルコール依存でクセの強い性格です。
帰国後に「僕」は高安の妻の中国系アメリカ人のペネロープ・シャオ=リン・リー(ペニー)から手紙を受け取ります。一通目の手紙で、アル中の高安の再生のために、彼の構想をもとにした小説の合作を依頼され、二通目で高安がアルコール依存から事故死したことを伝えられます。
「雨の木」の首吊り男
「僕」が数年前メキシコの大学で教鞭をとっていたときにアシスタントをしてくれた日本文学研究者のカルロス・ネルヴォが末期癌であると知らされます。「僕」はメキシコ時代を回想します。
カルロスは奇抜な性格で、帰国のときカルロスは、自分が病気で痛みに苦しむことになった時は自殺をするので手伝いをして欲しいと話していたのでした。
さかさまに立つ「雨の木」
「僕」は日系人の主宰する反核集会に参加するためにハワイにいきますが、集会は中止となります。ペニーが訪ねてきて高安について話し、性交します。
帰国後ペニーから手紙が届きます。そこにある写真には精神病院の火災で焼失した「雨の木」の前に立つペニーとアガーテが写っていました。手紙でペニーは核の大火による先進国の破滅は避けがたいと言います。そして彼女とアガーテは大火後の「原水爆荷物カルト運動」に身を投じるためメラネシアに出向くそうです。
泳ぐ男――水の中の「雨の木」
「僕」が東京で通っているプールの常連の学生玉利くんはプールのサウナで、常連のOL猪之口さんから性的な挑発を受けています。ある日猪之口さんが強姦されて殺されます。
「僕」と同窓の高校の英語教師が犯人で、彼は犯行後すぐに自殺しているものの、玉利くんが関係しているのではないかと、僕は疑うのでした。
参考文献
小谷野敦『江藤淳と大江健三郎』(筑摩書房)




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