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大江健三郎『人生の親戚』解説あらすじ

大江健三郎
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はじめに

大江健三郎『人生の親戚』解説あらすじを書いていきます。

語りの構造、背景知識

新古典主義、神話的象徴の手法

 モダニズム文学はT=S=エリオットの『荒地』などを皮切りに、フォークナー(『アブサロム、アブサロム!』『響きと怒り』)、ジョイス(『ユリシーズ』)、三島由紀夫(『奔馬』)、大江健三郎(『万延元年のフットボール』『取り替え子』)など、神話的象徴の手法を取り入れるようになりました。これは神話の象徴として特定の対象が描写され、新しい形で神話や特定の対象が発見される機知が喚起する想像力に着目するアプローチです。

 本作は母の神話を展開しています。

流離譚

 本作では倉木まり恵のことが、共に知的障害を持つ子供がいるという縁から知り合った作家「僕」の視点で語られます。

 倉木まり恵は、知的障害を持つ長男ムーサンと、事故による後遺症で車椅子生活になった次男道夫の二児の母親です。道夫はムーサンをけしかけて、二人は投身自殺します。

 本作ではまり恵という主人公の放浪を描く、ロードノベルとなっています。ロードノベルやロードムービーは、神話的英雄譚にルーツを持ち、ジョイス『ユリシーズ』のようにモダニズム文学の方面から英雄譚を捉え直す流れがあり、トマス=ウルフ、ビートニックの作家(ギンズバーグ、ケルアック)、ヴェンダース(『パリ、テキサス』)に影響しました。

 本作はまり恵という母の放浪の神話になっています。

母の神話

 本作は『憂い顔の童子』『M/Tと森のフシギの物語』と同様に、母の神話になっています。

 『憂い顔の童子』では、母への思慕を巡り、創作のプロセス自体を小説にする、という構造において谷崎『吉野葛』を思わせます。幼い頃、自分の命を救ってくれたのが誰だったのか、最後に古義人は思い出します。ここで、古義人の母の英雄としての活躍は、『響きと怒り』のキャディを思わせます。

 大江健三郎は『キルプの軍団』などに見えるような、女性に対する共感があり、これは『取り替え子』にも見られる、なんらかの性暴力事件のトラウマがあると解釈できます。本作も、「僕」の視点からまり恵の痛みへの共感が見えます。

物語世界

あらすじ

 倉木まり恵のことが、共に知的障害を持つ子供がいるという縁から知り合った作家「僕」の視点で語られます。

 倉木まり恵は、知的障害を持つ長男ムーサンと、事故による後遺症で車椅子生活になった次男道夫の二児の母親です。道夫はムーサンをけしかけて、二人は投身自殺します。

 まり恵は元夫で、ムーサンらの死後、重度のアルコール中毒となったサッチャンに言います。わたし達の人生は失敗だった、と。

 まり恵はフラナリー=オコナーの研究者として大学に勤めていたものの、二人の死を受けて職を辞します。そして映画製作を目指す朝雄君ら三人の若者、宇宙の意思を思想の根本に置くコズ率いるフィリッピン人の演劇活動グループ、テューター=小父さん率いる若い娘たちで構成される新興宗教のグループ「集会所」と関わります。

 まり恵はテューター=小父さんらと共に渡米し、カリフォルニアのコンミューンに暮らすものの、テューター=小父さんは現地で病死します。後追いで集団自殺しようとする娘らを止め、一行はアメリカ全土をキャンピング=カーで巡りテューター=小父さんの遺骨を散骨します。その後、まり恵はメキシコに向かいます。

 メキシコではコンミューンで知り合ったセルジオ=松野の農場で暮らし、聖女のようにあがめられるようになったものの、まり恵は乳癌で死にます。

 まり恵の晩年のメキシコでの姿を朝雄君らのチームがフィルム撮影します。セルジオ=松野はそれを素材にして、農場近隣の町村の広場で上映するための「世界最終の女」と題する映画を企てます。

 まり恵は強烈な悲しみを抱え続けて死んだが、この悲しみを「人生の親戚」と呼んでいます。

参考文献

小谷野敦『江藤淳と大江健三郎』(筑摩書房)

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