はじめに
谷崎潤一郎『細雪』解説あらすじを書いていきます。
語りの構造、背景知識
象徴主義(ワイルド)と古典主義(スタンダール)、ヴィクトリア朝文学(ハーディ)
谷崎潤一郎は英仏の象徴主義、古典主義からの影響が顕著です。オスカー=ワイルドの作品は『ウィンダミア卿夫人の扇』などを共訳で翻訳していますし、『サロメ』的なファム=ファタールを描いた『痴人の愛』もあります。ワイルドの戯曲作品のような、卓越したシチュエーションのデザインセンスとその中での心理的戦略的合理性の機微を捉えるのに長けているのが谷崎文学の特徴です。また古典主義者のワイルド同様、古典や古典主義芸術(建築、料理)への関心も顕著です。
スタンダール(『赤と黒』)的な心理劇、古典趣味も谷崎の顕著に影響していますし、またウィルキー=コリンズに影響されつつ、ダイナミックなリアリズムを展開したハーディ(『ダーバヴィル家のテス』)からの影響も顕著です。ハーディ(『ダーバヴィル家のテス』)も複数のエージェントの心理的戦略的合理性が交錯する心理劇を得意としましたが、『痴人の愛』『卍』にもそのようなセンスが見えます。
この辺りはフォロワーの河野多恵子(「蟹」)、円地文子(『朱を奪うもの』)、田辺聖子(「感傷旅行」)などへと継承されます
漱石に抗って。オースティン風の結婚をめぐるリアリズム
谷崎は「『門』を評す」にて漱石の『門』に対するネガティブな印象をキャリアの初期に発表して以来、漱石文学に対して否定的であり続けます。フラットな性格で女好きの谷崎と異性関係には慎ましい拗れた変人たる漱石では性格的には合わなそうですが、英米仏露のリアリズムに負うところの大きい二人の作風は結構似通った部分もあると思っています。
ファム・ファタルとの関係を描くのは『三四郎』と『痴人の愛』で共通ですし、『こころ』のような非線形の豊かな語り口も『鍵』『瘋癲老人日記』などと共通です。『行人』の朦朧とした三角関係のシチュエーションも『卍』を思わせます。友人の芥川龍之介の師匠が漱石というのもあり、当人も意識する部分は大きかったでしょうが、二人とも心理劇の展開がとてもうまいのです。
本作も漱石の私淑したオースティン『高慢と偏見』を思わせる、アッパーミドルクラスの世界に生きる人々の結婚を巡る物語になっていて、家族をとりまく人間関係が詳細かつ丁寧に描写されています。
阪神間モダニズム時代を描き、全編の会話が船場言葉で書かれます。
モデル
本作のモデルは、谷崎の三番目の妻である、谷崎松子の実家の森田家です。
『細雪』は、1937年から1941年まで森田家四姉妹(朝子、松子、重子、信子)に起きたことをもとにします。森田四姉妹の長女朝子(1899-1981)は三菱商事勤務の森田詮三と結婚、三女重子は徳川家の一族の渡辺明と結婚、四女信子は1929年に松子と婚姻中であった根津清太郎と駆け落ち後、1941年にプロゴルファーの嶋川信一と結婚します。
実際の森田家の経緯をかなり緻密に本作は描いています。
物語世界
あらすじ
蒔岡家は大阪の中流上層階級の家。姉妹たちの父親の家も、全盛期から財産は減り、船場の店も譲っています。本家は長女の鶴子、その夫で婿養子となって蒔岡の名を継いだ辰雄、その6人の子供の一家です。分家は芦屋にあり、次女の幸子、夫の貞之助、幼い娘の悦子の3人。鶴子と幸子には雪子と妙子という2人の未婚の妹がいます。
雪子の縁談を蒔岡家の誇りから断ってきたために縁談は減り、また奥畑と駆け落ちした妙子と間違えられて雪子の名が地元の新聞に載ったこともあります。このときの辰雄の対処への不満などから、雪子と妙子はほとんどの時間を芦屋の家で過ごしています。事件の後、妙子は人形作りに励みます。
あるとき井谷が雪子に瀬越という男性との見合いを紹介します。しかし調べると、瀬越の母親が遺伝する精神病を患っていたため、断ります。
数か月後、幸子は女学校で同窓だった陣場夫人から野村という男を紹介されます。また辰雄は勤務先の銀行の支店長として東京に行くことになり、妙子は雪子を芦屋へ留まるものの、雪子は東京へ。
雪子は東京では気落ちしていて、幸子は雪子を呼び寄せようとして、縁談には乗り気ではないものの、芦屋に雪子を連れ帰るために見合いに同意します。幸子、貞之助、雪子は野村と会い、幸子は野村が老けていることに驚きます。雪子は野村の外見や身の上に不満はないものの、やがて無神経さに嫌になり、蒔岡家は野村の求婚を断るのでした。
妙子は、洋裁と山村舞に熱中します。舞のお浚い会が芦屋の家で行われ、ここで板倉という写真師が写真を撮っています。
それから関西地方は大水害にあい、妙子は板倉に救われます。ここから妙子は好意を持ち、やがて妙子と板倉の関係は幸子に知られるものの、幸子は反対します。
妙子は洋服店を開こうとし、妙子は本家に資金援助を頼むべく東京に行くものの、板倉が病気になり大阪に戻ります。板倉は乳嘴突起炎の手術の合併症による壊疽で亡くなるのでした。
6月、辰雄の長姉が名古屋の名家の出の沢崎を幸子に紹介します。見合いはうまく行かず、沢崎の方から断ります。
幸子は妙子が奥畑と復縁したと聞き、貞之助は鶴子に報告します。鶴子は妙子に東京に来るよう言うものの、妙子は拒否して絶縁されます。
井谷が橋寺との縁談を紹介するものの、雪子の引っ込み思案により、橋寺は縁談を中止します。
その後、妙子は赤痢になり、妙子は一家の友人の病院に移されます。一方で、幸子は妙子が奥畑と暮らし、また三好というバアテンと関係があることも知ります。
井谷は美容院を売って渡米するらしく、出発前に井谷は幸子に、御牧子爵の庶子で45歳の男を紹介します。姉妹は御牧の人柄に魅了されます。このころ妙子は、三好の子を妊娠しており、幸子と貞之助は妙子を有馬で内密に出産させます。
蒔岡の家名を守るため、貞之助は奥畑に2000円を支払います。結局妙子は死産し、三好と所帯を持ちます。御牧家からの求婚を雪子は受け入れます。
婚礼の日取りと場所が決まり、新居も決まります。雪子は婚礼衣装が届いてもストレスで、下痢が続きます。
登場人物
蒔岡家
- 鶴子:長女、本家の奥様
- 辰雄:鶴子の婿養子、銀行員
- 幸子:次女、分家の奥様 。
- 貞之助:幸子の婿養子、計理士
- 悦子:幸子と貞之助の娘
- 雪子 :三女
- 妙子 :四女
その他
- 井谷 :幸子たち行きつけの美容院の女主人
- 奥畑 :妙子の恋人
- 板倉 :妙子の恋人
- 三好 :妙子の恋人、バーテンダー
- 瀬越 :雪子の縁談相手
- 野村 :雪子の縁談相手
- 沢崎 :雪子の縁談相手
- 橋寺 :雪子の縁談相手
- 御牧 :雪子の縁談相手、子爵家の庶子
参考文献
・小谷野敦『谷崎潤一郎伝 堂々たる人生』(中央公論社.2006)
・伊藤邦武『経済学の哲学 19世紀経済思想とラスキン』




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