始めに
ジョン・ミルトン『失楽園』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ミルトンの作家性
ミルトンが私の師とまで呼んだのが、『妖精の女王』の著者スペンサーです。寓意の使い方や、道徳的な騎士道物語をキリスト教的な文脈で描く手法を学びました。
ミルトンはキリスト教的叙事詩を確立するために、古典的な叙事詩の形式を徹底的に研究しました。ホメロス『イーリアス』『オデュッセイア』から叙事詩の構造や英雄の描き方を、ウェルギリウス『アエネーイス』から格調高い詩風と国家や使命を背負う主人公の造形を、オウィディウス『変身物語』から神話的な表現や豊かな想像力を取り入れました。
聖書はミルトンにとって最大の源泉です。特に『創世記』の失楽園の物語や、預言者たちの力強い言葉が彼の思想と文体の核となっています。彼はヘブライ語やギリシャ語の原典にも精通していました。
ミルトンは若い頃にイタリアを旅しており、ルネサンス文学の洗礼を受けています。ダンテ、タッソ、アリオストから影響されました。
自由意志
ミルトンは、全能で善なる神が支配する世界に、なぜ悪や苦しみが存在するのかという問いに答えようとしました。人間の不幸は神のせいではなく、あくまで自由意志による選択の結果であることを示そうとしました。
ミルトンは、強制された従順には価値がないと考えました。アダムとエバそしてサタンは、自らの意志で神に従うことも、背くこともできる状態で創られました。
誘惑に負けたのは彼らの選択であり、その結果を受け入れることもまた、人間の尊厳の一部として描かれています。
失楽園神話
物語は、サタンの神への反逆と、アダムとエバの禁忌への背きを対比させています。サタンは傲慢ゆえに反逆し、永遠に許されることのない地獄へ落ちます。アダムとエバは弱さゆえに誘惑に負けますが、過ちを認め、悔い改めることで救済の可能性を残します。
人間は楽園を追放されますが、それによって苦難を乗り越える強さやキリストによる救済という、楽園にいたままでは得られなかったより高いレベルの徳や神との関係を得ることになります。
物理的なエデンを失う代わりに、心の中により幸せな楽園を築くことができるという希望で物語は締めくくられます。
アダムが天使ラファエルと対話する場面では、知るべきことと人間が踏み込むべきではない神の領域の境界線が議論されます。無制限な知識欲よりも、目の前の生をどう正しく生きるかの重要性が説かれています。
物語世界
あらすじ
天界で神に反旗を翻し、敗北して地獄に落とされたサタン。力で勝てないなら、神が新しく創った人間を誘惑して台無しにしてやろうという、陰湿ながらもスケールの大きな復讐を計画します。
サタンは過酷な混沌を突破し、人間が住むエデンを目指して旅立ちます。地上では、最初の人間であるアダムとエバが、神の愛に包まれて幸せに暮らしていました。神は彼らにエデンのあらゆる果実を食べてよいが、知恵の樹の実だけは決して食べてはならないと唯一の禁忌を命じていました。
エデンに忍び込んだサタンは、美しい蛇に化けてエバに近づきます。サタンは巧みな言葉でこの実を食べれば神のような知恵が得られるし死ぬこともないとエバをそそのかします。誘惑に負けたエバは、ついに禁断の木の実を食べてしまいます。
エバから実を差し出されたアダムは、それが罪だと知りながらも、彼女なしで生きるくらいなら共に罪を背負って死のうと決意し、自らも実を口にします。
罪を犯した二人は、それまで知らなかった羞恥心や絶望に襲われ、神の裁きを受けることになります。大天使ミカエルが現れ、二人はエデンを追放されます。しかし、ただ追い出されるだけではありません。ミカエルはアダムに、将来、救世主が現れて人類を救うことという未来のビジョンを見せます。
二人は涙を流しながらも、手を取り合ってエデンを去ります。目の前には荒涼とした世界が広がっていますが、その心にはいつか救済されるという希望と、自分たちの足で歩んでいく覚悟が宿っていました。




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