始めに
オルハン・パムク『無垢の博物館』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
パムクの作家性
パムクの緻密な描写や記憶への執着は、20世紀初頭のモダニズム文学から大きな影響を受けています。プルースト、ジョイスから影響されました。マンやカフカからの刺激もあります。
パムク作品の特徴である入れ子構造や書物の中の書物といったメタフィクショナルな仕掛けはボルヘス、カルヴィーノ、ナボコフなどからの影響が顕著です。
パムクはトルコ文学の文脈だけでなく、ロシア文学の魂の葛藤も深く吸収しています。ドストエフスキーからは影響があります。
トルコ独自のアイデンティティの揺らぎについては、先代のトルコ人作家からのバトンを受け継いでいます。アフメット=ハムディ=タンプナル、オウズ=アタイなどから影響があります。
時間論
主人公ケマルは、愛する女性フュスンを失った後、彼女が触れたあらゆるものを収集します。彼はモノを過去の幸福な瞬間を閉じ込めるタイムカプセルとして扱います。触れられない愛する人の代わりに、彼女の影であるモノを集めることで、自分の人生を肯定しようとする切実な(執着が描かれています。
パムクはこの本の中で、独特の時間論を展開しています。ケマルにとっての時間は、フュスンと一緒にいた点としての瞬間の集積です。博物館は、バラバラになった幸福な瞬間をつなぎ合わせ、流れ去る時間の線から救い出す装置として定義されています。
階級とメタフィクション
1970年代のイスタンブールを舞台に、当時のトルコ社会が抱えていた矛盾が浮き彫りにされます。西洋的な自由な恋愛に憧れつつも、古い道徳観に縛られるエリート層の歪みが、ケマルの苦悩の背景にあります。西洋風を装う上流階級の虚栄心と、その裏にある孤独が冷徹に描かれています。
この小説のユニークな点は、パムクが実際にイスタンブールに「無垢の博物館」を作ってしまったことです。小説の中に登場するチケットが、実在する博物館の入場券になっているなど、読者が物語の中に物理的に入り込める仕掛けになっています。物語は現実になり得るのかという、作家パムクが生涯かけて追及しているテーマがあります。
物語世界
あらすじ
1975年、イスタンブールの裕福な実業家の息子であるケマルは、美しい婚約者シベルとの婚約を間近に控えていました。そんなある日、ケマルはブティックで遠い親戚の美少女フュスンと再会します。
ケマルは彼女の若さと美しさに一瞬で心を奪われ、二人は逢瀬を重ねるようになります。しかし、ケマルは上流階級の生活とフュスンへの情熱の両方を手に入れようという傲慢な考えを捨てきれませんでした。
結局、婚約披露宴の直後にフュスンは姿を消してしまいます。彼女を失った絶望から、ケマルは婚約を破棄し、社会的な地位も捨て、彼女の影を追い求めるようになります。
ようやく見つけ出したフュスンは、すでに別の男と結婚していました。ケマルはそれから8年という長い歳月、彼女の家を親戚として訪問し続けます。彼女と同じ食卓を囲み、彼女が触れたスプーン、灰皿、塩振り出し、さらには彼女が吸い殻に残した口紅の跡まで、ありとあらゆる私物を密かに盗み出しました。
紆余曲折を経て、ようやく二人が結ばれるチャンスが訪れますが、運命は残酷な結末を用意していました。最愛のフュスンを事故で永遠に失ったケマルは、彼女を失った悲しみに耐えるため、それまで収集してきた数千点に及ぶ彼女にまつわる品々を展示するための博物館を作ることを決意します。




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