始めに
T=E=D=クライン『角笛をもつ影』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
クラインの作家性
クラインに最も決定的な影響を与えたのは、ウェールズ出身の作家アーサー=マッケンです。クラインの代表作『セレモニー』は、マッケンの傑作短編「白い人々」を下敷きにしています。日常のすぐ裏側に潜む太古の邪悪な力や、異教的な儀式、都会の路地裏に潜む神秘といったテーマを継承しています。またラブクラフトのコズミックホラーからも影響があります。
イギリスの古物収集家・学長であったM.R.ジェイムズの幽霊譚の手法も、クラインの文体に深く根ざしています。古い書物や古物の中に潜む恐怖という骨董趣味的な恐怖演出や、読者の想像力に訴えかけるじわじわとした緊張感は、ジェイムズの伝統を継いでいます。自然界に潜む人知を超えた巨大な存在や、畏怖の念を呼び起こす描写においては、ブラックウッドの自然怪奇の影響が見て取れます。クラインの文章の格調高さや、どこか寓話的で詩的なリズムは、ダンセイニ卿の影響を指摘されることもあります。
現実と創作
この作品の主人公は、ラヴクラフトの友人であった実在の作家をモデルにしたかつて神話に関わった老人です。彼は神話的な恐怖をあくまで文学的な遊びや過去の遺物として捉えていますが、物語が進むにつれ、それらが現実に存在する生々しく、不潔で、逃れられない脅威として迫ってきます。想像力の産物だと思っていたものが、物理的な重みを持って日常を侵食する恐怖が展開されます。
本作は、フランク=ベルナップ=ロングの作品に登場するチョー=チョー族という悪名高い種族をテーマの中心に据えています。彼らは単なるモンスターではなく、人間社会の影に潜み、独自の邪悪な文化を維持し続けている異質な他者として描かれます。未開の地に封じ込められていたはずの悪意が、現代の交通網や都市の隙間を通ってこちら側へやってきます。
コズミックホラー
タイトルにもある「角笛をもつ影」は、獲物を追い詰める死神のような存在です。一度その影に目をつけられたら、どれだけ距離を置いても、どれだけ時間が経過しても、確実にその距離が縮まっていくという絶望感が描かれています。逃れようのない追跡と、徐々に狭まっていく包囲網が描かれます。
クラインはこの作品を通じて、ラヴクラフトが描いたコズミックホラーを、1970〜80年代のリアリズムの中に再構築しました。人種的な偏見や閉鎖的な恐怖といったラヴクラフト特有の要素を、より洗練された、かつ生理的な嫌悪感を伴う現代的な怪談へと昇華させています。
物語世界
あらすじ
主人公は、かつてH.P.ラヴクラフトの友人であり、現在は過去の栄光の中でひっそりと暮らす老作家です。彼はある日、旅行帰りの飛行機で、モーティマーという名のキリスト教の宣教師と出会います。
モーティマーはひどく怯えており、自分がマレーシアでの布教活動中に見てはいけないものを見てしまい、何者かに追われていると訴えます。老作家は彼を少し風変わりな、精神的に疲弊した男として半分同情し、半分冷ややかな目で見ていました。
モーティマーの話によれば、彼はマレーシアの奥地で、忌まわしいチョー=チョー族という小柄な部族に遭遇したといいます。彼らは世俗から隔離され、恐ろしい神を崇拝し、おぞましい儀式を行っていました。
老作家にとってチョー=チョー族とは、友人たちの怪奇小説の中に登場する架空の存在に過ぎませんでした。しかし、モーティマーが語る彼らの実態は、文学的なロマンとはかけ離れた、不潔で、卑俗で、この世の倫理が通用しない生々しい恐怖に満ちていました。
その後、モーティマーは老作家に助けを求めるような連絡を残し、不可解な状況で命を落とします。 彼の死体は、物理的には説明のつかない奇妙な損傷を受けていました。
老作家は好奇心とわずかな罪悪感から、モーティマーが恐れていたものの正体を調べ始めます。すると、ニューヨークという大都会のすぐ傍らに、東南アジアの僻地からやってきたチョー=チョー族のコミュニティが、まるで癌細胞のようにひっそりと、しかし確実に根を張っている兆候を見つけてしまいます。
老作家は、自分が長年書いてきたクトゥルフ神話が単なる遊びではなく、この世界の裏側に実在する真実であったことを悟ります。そして同時に、それはすでに自分のすぐ近くまで来ていることに気づきます。
物語の終盤、老作家は自分の家の窓の外に、あるいは夜の闇の中に、角笛を手にした、異様に手足の長い黒い影の姿を目撃します。それはかつてモーティマーを追い詰めたチョー=チョー族の神でした。彼にできることは、もはやどこにも逃げ場がないことを悟りながら、その影が扉を叩くのを待つことだけだったのです。




コメント