始めに
アンジェラ・カーター『ホフマン博士の地獄の欲望装置』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
カーターの作家性
ポーからはゴシックホラーへの執着や、不気味な雰囲気の演出に強い影響を受けました。スウィフトの風刺精神と、想像力豊かな旅、ピカレスクから刺激を受けました。ディケンズのロンドンの街並みの描写や、キャラクター描写も継承します。
代表作『血染めの部屋』などに象徴されるように、童話の脱神話化は代名詞です。カーターはペローの童話を英訳しており、残酷さとエロティシズムが共存する彼の物語をフェミニズムの視点から書き直しました。グリム兄弟、ホフマンからも影響が見えます。
1960年代末から70年代初頭にかけての日本滞在は、彼女の作風を決定づける転換点となりました。谷崎潤一郎、川端などからも刺激されました。
ほかにもサド、ジューナ=バーンズから影響されました。
文学以外にも、視覚的なイメージから多大な影響を受けています。ブニュエルやデュシャン、マックス=エルンストらの現実を異化する手法を文学に応用しました。ジャンリュック=ゴダールやフェリーニのモダニズムからも刺激があります。
理性と欲望
物語の核となるのは、街を統治する決定論者(理性派)と、現実を欲望のままに塗り替えようとするホフマン博士の戦いです。
理性の側は規則、論理、予測可能な現実を維持しようとします。しかし、それは同時に退屈で抑圧的な世界でもあります。博士の欲望装置によって、人々の潜在意識や夢が物理的な現実として現出します。これは解放的であると同時に、悪夢のような混沌を招きます。
この小説では、現実とは、私たちが合意の上で作り上げている幻影に過ぎないというテーマが強調されています。ホフマン博士が現実を解体することで、読者は客観的な事実がいかに脆いものかを突きつけられます。
カーターの作品らしく、欲望は決して甘美なものだけではありません。そこには残酷さ、グロテスクさ、そして暴力的なエロティシズムが混在しています。人間の深層心理にある破壊的な衝動を隠すことなく描き出し、自由な欲望が孕む危険性を浮き彫りにしています。
主人公デジデリオは、この狂気の世界を放浪する中で、自分自身のアイデンティティや何に欲望を感じるのかを問い直されます。彼は理性の守護者として派遣されますが、旅路で出会う様々な異常な共同体を通じて、自らの中にある矛盾した感情に直面していくことになります。
物語世界
あらすじ
舞台は、厳格な論理と秩序に支配された街。ある日、ホフマン博士という謎の科学者が、人間の潜在意識や欲望を物理的な現実として具現化する欲望装置を起動させます。
街には巨大な鳥や中世の騎士、動く彫像などの蜃気楼(ミラージュ)が溢れ出し、人々の現実感覚は崩壊、パニックに陥ります。
主人公の青年デジデリオは、街の支配者である大臣から、混乱の元凶であるホフマン博士を暗殺せよとの密命を受け、博士の隠れ家を探す旅に出ます。
デジデリオは、博士の娘である謎めいた美女アルベルティーナを追いながら、現実離れした奇妙な場所を転々とします。移動遊園地での見世物小屋の奇人たちとの遭遇、川の民の村での巨大な乳房を持つ女たちが支配する未開の共同体、ケンタウロスの島でのキリスト教的な儀式を行う厳格で暴力的な半人半馬の種族、影の城での欲望が剥き出しになった倒錯的で豪華なエロティシズムの世界などが描かれます。
旅が進むにつれ、デジデリオは退屈だが安定した理性と魅力的だが破滅的な混沌の間で揺れ動いていきます。
ついにデジデリオは、博士の本拠地である磁力の大邸宅にたどり着きます。そこでホフマン博士は彼を歓迎し、全人類を欲望の奴隷にし、現実という檻から解放するという壮大な計画を語ります。
アルベルティーナとの愛を全うしたいデジデリオでしたが、最終的に彼はあまりにも過剰な自由は、人間を滅ぼす判断します。彼はホフマン博士を殺害し、さらに装置を破壊。その過程で、愛していたアルベルティーナをも自らの手で殺めることになります。
装置が破壊されたことで、世界から極彩色の蜃気楼は消え去り、退屈で灰色の理性の現実が戻ってきました。
老いたデジデリオは、自分がかつて見た驚異と、自らの手で葬り去った最愛の女性、そして狂った自由を回想しながら、空虚な日々を過ごすところで物語は幕を閉じます。




コメント