始めに
アンリ=バルビュス『砲火』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
バルビュスの作家性
バルビュスに最も大きな影響を与えたのは、自然主義のゾラです。 徹底した観察に基づき、社会の醜悪な部分や過酷な現実をありのままに描く手法を学びました。
若い頃のバルビュスは象徴派の詩人でした。詩集『泣く女たち』などを発表していた初期には、マラルメやカテュール=マンデスといった詩人たちの影響で内省的で耽美的な表現を追求していました。そこから第一次世界大戦という現実に直面したことで、この個人主義的な芸術至上主義から脱却し、社会的な文学へと転向しました。ユゴーが持っていた社会の不条理を告発し、民衆に寄り添うという精神も継承しています。
やがて戦争の原因が資本主義にあると考え、マルクス主義に傾倒しました。晩年にはスターリンの伝記を執筆するなど、ソ連の体制にも深く関わりました。
戦争の現実とヒューマニズム
当時、新聞やプロパガンダは戦争を華々しい英雄譚として伝えていました。しかし、バルビュスはそれを真っ向から否定しました。兵士たちが戦う相手は敵軍だけでなく、腰まで浸かる泥、シラミ、ネズミ、そして腐敗した死体です。兵士たちは輝く騎士ではなく、死を待つ労働者として描かれます。この栄光なき真実の提示が、当時の社会に巨大な衝撃を与えました。
バルビュスは、実際に戦っている兵士と、安全な後方で戦争を煽る政治家、高級将校、ジャーナリスト、あるいは無邪気な市民との間の深い溝を描きました。兵士たちは、自分たちを消耗品として扱う社会構造に怒りを感じ始めます。この階級意識に近い連帯感が、後の彼の社会主義的な思想へと繋がっていきます。
戦場において、個人の名前や個性は意味をなさなくなります。兵士たちは、泥まみれで判別不能な塊として描写されます。生きているのか死んでいるのかも判然としない、匿名化された人間たちの悲劇が強調されています。
物語の終盤、生き残った兵士たちは、戦争の真の原因について語り合います。隣の塹壕にいる敵兵も自分たちと同じ苦しみを味わう労働者であり、本当の敵は戦争から利益を得る者たちや軍国主義であるという結論に至ります。戦争を終わらせるための戦争という願いが、人類愛や連帯という希望として提示されます。
物語世界
あらすじ
物語は、最前線の塹壕で、降り続く雨と泥にまみれて生活する兵士たちの描写から始まります。
彼らが戦う相手は、目に見えるドイツ軍よりも、泥、寒さ、空腹、退屈です。兵士たちは、故郷の話や家族への想いを語り合い、シラミを退治し、届かない郵便を待ちます。ここではただ生き延びることが労働のように描かれます。
分隊は一時的に前線を離れ、後方の町へ送られます。そこで彼らが見たのは、安全な場所で戦争について愛国的で勇ましい言葉を吐き散らす一般市民や、現場を知らない高級将校たちでした。
前線の兵士たちは、自分たちが味わっている地獄を理解しようともしない後方の人間に対し、深い絶望と怒りを感じます。これが、兵士たちの連帯感をより強固なものにします。
ついに、彼らに総攻撃の命令が下ります。砲弾で吹き飛ぶ肉体、腐敗した死体の臭い、泥水に溺死する負傷兵などが描かれます。仲間たちが一人、また一人と無残に命を落としていく中で、主人公たちは死の恐怖と、人間性が摩滅していく感覚を味わいます。
物語のクライマックスは、豪雨によって戦場が巨大な沼地と化した黙示録的な光景です。生き残ったわずかな兵士たちは、敵も味方もなく泥の中で喘ぎ、死体の山を見つめながら対話を始めます。
彼らは悟ります。自分たちは同じ苦しみを味わう兄弟であり、本当の敵は国境の向こうにいる兵士ではなく、戦争を引き起こした特権階級や軍国主義そのものである、と。最後に彼らは二度と戦争を繰り返してはならないという未来への希望と連帯を宣言し、物語は閉じられます。




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