始めに
ジョン=ファウルズ『コレクター』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ファウルズの作家性
ファウルズは自身の思想の根底に実存主義を置いていました。特に『魔術師』や『フランス軍中尉の女』では、登場人物が自らの自由と選択に向き合うプロセスが描かれています。トマス=ハーディからは、自然描写と社会的な抑圧、そして運命に翻弄される人間の描き方を学びました。
またユングの分析心理学はファウルズのキャラクター造形に決定的な影響を与えました。
シェイクスピア『テンペスト』は、ファウルズの創作におけるモデルでした。『魔術師』は、ある種の島の中で隠遁者が仕掛ける心理的ゲームという点で、現代版『テンペスト』と言えます。『コレクター』においても、登場人物の名前に「ミランダ」と「フェルディナンド」を引用し、支配と被支配の関係を投影しています。
アラン=フルニエ『グラン・モーヌ』は、ファウルズにとって非常に重要な一冊でした。失われた魔法のような場所を追い求めるというテーマは、ファウルズの作風に漂うミステリアスで幻想的な雰囲気の源泉となっています。
階級と支配
ファウルズはこの作品の根底に、社会的な階級対立を置いています。ミランダは選ばれし者で、芸術的才能、知性、豊かな感性を持つ中上流階級の象徴です。クレッグは持たざる者で、労働者階級出身で、宝くじで大金を得るものの、感性や知性が欠如し、精神的に貧困な大衆の象徴です。力を手に入れた大衆が、自分たちが決して理解も到達もできない知性や美を力ずくで所有しようとする悲劇が描かれています。
タイトルの通り、「コレクション」がキーワードです。クレッグは蝶を愛でる際、それを殺してピンで留め、標本にすることで永遠に自分のものにします。ミランダに対しても同様で、彼は彼女を一人の人間として愛しているのではなく、完璧な標本として手元に置いておきたいだけなのです。ミランダにとっての美は自由で生き生きとしたものですが、クレッグにとっての美は静止し、所有可能な物象にすぎません。
この小説は、前半が「クレッグの視点」、後半が「ミランダの日記(視点)」という二部構成になっています。
同じ出来事を経験していても、二人の受け止め方は絶望的なまでにズレています。クレッグは自分を純愛に生きる男と信じ込んでいますが、ミランダの目には感情のない不気味な怪物」して映っています。語彙の豊かさや思考の深さの差が、二人の間の埋められない溝を強調しています。
物語世界
あらすじ
市役所の事務員として働く孤独な青年フレデリック=クレッグは、蝶の収集が唯一の趣味でした。彼は美術学校に通う美しい女子大生ミランダに密かに恋をしていましたが、自分のような労働者階級の男は相手にされないと絶望していました。
そんなある日、彼はサッカーくじで巨額の賞金を当てます。仕事を辞めた彼は、人里離れた古い屋敷を買い、その地下室をミランダを閉じ込めるための部屋に改造します。
クレッグはクロロホルムを使ってミランダを拉致し、地下室に閉じ込めます。しかし、彼は彼女を乱暴に扱うことはしませんでした。彼は彼女と一緒に過ごせば、いつか彼女も自分を愛してくれるはずだという歪んだ理想を抱いており、彼女に高価な服や画材を買い与え、まるで大切なお客様のように扱います。
ミランダは脱走を試みたり、彼を説得しようとしたりしますが、クレッグの無知と頑迷さに阻まれ、ことごとく失敗します。
物語の視点はミランダが密かに綴っていた日記へと移ります。ここでは、彼女の恐怖、絶望、そして自分とは全く価値観の異なる怪物に対する鋭い観察が描かれます。
彼女はクレッグのことを、魂が死んでいる人間を意味する「キャリバン」(シェイクスピア『テンペスト』の怪物)と呼び、軽蔑しながらも、生き延びるために彼を心理的に操作しようと奮闘します。
監禁生活が数週間に及んだ頃、ミランダは重い肺炎にかかってしまいます。クレッグは彼女を助けたいと思いますが、医者を呼べば自分が逮捕されてしまうという恐怖から、適切な処置を遅らせてしまいます。
ミランダが苦しみながら息を引き取ったとき、彼はようやく自分のしたことの重大さに直面します。
ミランダの死後、絶望したクレッグは一時は心中を考えます。しかし、彼女の日記を読み、彼女が自分を心の底から軽蔑していたことを知ると、悲しみは逆恨みへと変わります。
彼はミランダの遺体を庭に埋め、「次は、もっと自分にふさわしい、あまり高慢ではない女の子を捕まえよう」と思いました。
彼はすでに、近所の薬局で見かけた別の女性を「次のコレクション」のターゲットとして見定め、物語は終わります。




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