はじめに
クンデラ『不滅』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ルネサンスとバロック
クンデラはルネサンスやバロック、ロマン主義の作家からの影響が顕著です。ラブレー(『ガルガンチュアとパンタグリュエル』)、セルバンテス、スターンなどで、セルバンテス『ドン=キホーテ』やスターン『トリストラム・シャンディ』のような形式主義的実験が本作にも見えます。
またロマン主義のルーツとなったフィールディングなどの艶笑コメディからの影響も本作に顕著です。
また幻想文学の影響も顕著で、カフカ(『変身』)からの影響は大きいです。カフカと重なるような黒い笑いとペーソスはクンデラの特徴です。
艶笑コメディ
本作はモラヴィア(『軽蔑』)や川端(『眠れる美女』『みづうみ』)、村上春樹(『ノルウェイの森』)などのような艶笑コメディになっています。性と愛をテーマとしながら、笑いや忘却についての思弁が展開されていきます。
こうした性愛と思索を絡めるデザインは、シュルレアリズムに影響したサド(『悪徳の栄え』)の文学を思わせます。サドが好んだフィールディングは、クンデラにも影響が大きいです。
語りの構造
物語は7つの章と3つの物語からなります。アニュスの物語、アルニスとゲーテの物語、アニュスの愛人の貧乏画家ルーベンスの物語です。
3つの物語は、個々の出来事を結びつける繰り返されるモチーフと偶然の一致によって、連関が生まれます。
作者である語り手は、自身のインスピレーションの源、たとえば死にたくてわざと車の車輪に身をさらした少女についてのラジオ報道を偶然耳にし、それがアニュスの死因のインスピレーションとなったことや、クンデラの作品における架空の人物創造の重要な動機としてのその象徴性を明らかにしていて、全体的にそれが人工物であることが強調されています。
不滅と記憶
物語は「不滅」と「記憶」がテーマです。
主人公のアニュスは、イマゴロジーに染まった世界への苛立ちと、無意識のうちに自身の顔が歴史に刻まれてしまうことへの恐怖(有名人が無意識のうちに写真に撮られ、雑誌に刻まれるように)に苛まれています。そのため、アニュスは周囲の人々から自分の姿を隠そうとします。他方で妹ローラは、アニュスへの愛を証明しようとし、ローラは、少なくとも家族の中では永遠に歴史に残り「不滅」になることを望み、そのために感情的な脅迫や自殺の脅迫といった手段を選びます。
二人の姉妹は、それぞれ「不滅」と「記憶」に囚われていて、アニュスは記憶や記録というものが死後も永遠に自分を離れて残りうることを恐れていて、それを避けようとします。他方で、ローラは不滅であることを望み、家族のなかで絶対的な記憶を抱かせたいと願い、自分にまつわる記憶や記録が不滅であることを望んでいます。
もう一つの物語では、ゲーテと同時代人であったベティーナ=フォン=アルニムと、文学における不滅への彼女の苛烈な欲望を描いています。アルニムも、ローラ同様に不滅に囚われてそれを渇望しています。ゲーテの死後、アルニムは彼の遺産を管理することで歴史の殿堂に自分の地位を築きたいと願うのでした。また夢の中でゲーテは死んだヘミングウェイと出会い、有名人が死後に抱えるその記憶に関する運命について語ります。
3つ目の物語では、アニュスのかつての不倫相手で貧乏画家のルーベンスを描きます。アグネスにとって全くの他人であったルーベンスは、運命のいたずらか、アニュスの姿を記憶に留めている唯一の人物となり、この記憶が彼の人生をさらに変えていきます。
このように、3つのエピソードはそれぞれ「不滅」と「記憶」という中心的なテーマに関する物語として展開されていきます。こうした主題は『笑いと忘却の書』『冗談』でも展開されています。
不滅と生
クンデラの多くの作品に於いてそうですが、本作でも「不滅」というテーマについてその多様な側面について特定のキャラクターに一つの極を象徴させたりして焦点をあて、作品全体としては中庸的な、ルネサンス的生の哲学としてのスタンスを読み取る事ができます。
アニュスの不滅への恐れも、ローラの不滅への執着も極端なものです。どれだけその痕跡を消そうとしても、自分の死後に他者の記憶や記録の中から、その痕跡を完全に消し去ることは難しいものです。他方で、自身にまつわる記録や記憶を不滅のものにしようとしても、残るものは断片的だったり一面的だったりして、不滅と呼ぶほどの存在的な強度を持ち得ません。
人はアニュスのような自己の存在が死後もある意味では不滅でありうる不安と、ローラのような死後の不滅への憧れの間でたゆたい、ルーベンスのように死者の記憶とともに生きています。
アニュス、ローラ、ルーベンスの存在は不滅と呼ぶには脆弱ですが、それでも文学史の、アートワールドの、テクストの歴史的な実践のなかで、その痕跡はある種不滅と呼びうるような、強固な染みをつくっています。
物語世界
あらすじ
物語はフランス人女性アニュス(クンデラがプールサイドでの老婦人の記憶から生んだ存在)が弁護士ポールと円満でそれなりに幸せな結婚生活を送っているという設定から始まります。
アニュスは、イマゴロジーに染まった世界への苛立ちと、無意識のうちに自身の顔が歴史に刻まれてしまうことへの恐怖(有名人が無意識のうちに写真に撮られ、雑誌に刻まれるように)に苛まれています。そのため、アニュスは周囲の人々から自分の姿を隠そうとします。
しかし、情熱的で感情的な妹のローラが彼女の人生に大きく干渉していきます。ローラは、自分が「不幸」でアニュスが「幸せ」であることが運命の不公平さを露呈するのと同じくらい激しく、アニュスへの愛を証明します。ローラは、少なくとも家族の中では永遠に歴史に残り「不滅」になることを望み、そのために感情的な脅迫や自殺の脅迫といった手段を選びます。
ローラがアニュスの夫のために戦い始めると、争いは激化します。戦う力も意欲もないアニュスは、偶然の不慮の事故を歓迎し、妹ローラの「永遠に残りたい」という執念から逃れられることを喜び、永遠に残らないことを望みつつ、この世を去ります。
アニュスのあの願いは叶うのでした。夫ポールは、彼女がまだ生きているうちに最後の口づけをし、その顔を永遠に記憶に刻むことはできなかったのでした。こうしてアニュスは、彼女の夫(ローラと再婚し、ローラを「自分の人生の女性」と呼ぶ)や、ローラと絶えず争いを続ける娘ブリジットの記憶からも消え去り、物語の最後まで再び登場するのは、作者=語り手の思索の中だけです。
もう一つの物語は、ゲーテと同時代人であったベティーナ=フォン=アルニムと、文学における不滅への彼女の苛烈な欲望を描きます。アルニムはゲーテの死後、その遺産を管理することで歴史の殿堂に自分の地位を築きたいと願っています。
また夢の中でゲーテは死んだヘミングウェイと出会い、有名人が死後に抱える運命について語ります。
3つ目の物語は、アニュスの不倫相手となった、売れない画家ルーベンスの豊かな愛の人生です。
アニュスにとって全くの他人であったルーベンスは、運命のいたずらか、アニュスの姿を記憶に留めている唯一の人物となり、この記憶が彼の人生をさらに変えていきます。



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