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村上春樹『1973年のピンボール』解説あらすじ

村上春樹
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始めに

始めに

 今日も村上春樹の新作発表にあやかって、過去作品『1973年のピンボール』のレビューを書いていきたいと思います。『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』と三部作をなす作品です。

語りの構造。背景

等質物語世界の語り手「僕」と、異質物語世界の「鼠」を焦点化する語り

 この作品は「僕」の章と「鼠」の章から成り、それぞれ等質物語世界の「僕」、異質物語世界の語り手を、語りの主体としています。

 このような非線形の語りは春樹の十八番で、『海辺のカフカ』でも同様の構造の語りが展開されます。

二つの死。『ノルウェイの森』

 『ノルウェイの森』でも描かれる直子の自殺を受けてトラウマに苛まれ、かつて遊んだピンボールを求める「僕」と、『羊をめぐる冒険』で自殺を選んだ「鼠」という二人の物語が展開されています。

 鼠のパートでは、『羊をめぐる冒険』へとつながる彼の孤独が描かれます。

 僕のトラウマになっている直子はスペースシップというピンボール台を象徴にして描かれ、僕はスペースシップを求めてそれをとある倉庫で見つけ、直子の声と対峙します。「僕」が過去に夢中になって遊んでいたピンボールマシンが「スペースシップ」で、これは実在しない台です。

三部作の第二作

 この作品は『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』という三部作の第二作目ですが、どちらかというと一作目に近く、プロットもそれほど因果的連なりの起伏に富むわけではありません。

 端正な線で描かれる日常描写に滋味が宿ります。過去のテクストの引用やメタファーの手腕も冴え渡ります。

ピンボールという象徴

 大江健三郎『万延元年のフットボール』にあやかったタイトルですが、ピンボールという装置が何のメタファーであるのかは、作中で明示されません。ただ直子との関係が仄めかされています

 私にはピンボールという装置は、村上が好み作中でも頻繁に引用を捧げるフランツ=カフカ『流刑地にて』の「装置」を連想させます。この作品のあらすじを書いていきます。

 学術調査の旅行家が流刑地での処刑の立会いに招かれます。この地では処刑のために特別な拷問機械を用意していて、旅行家は将校からその機械の説明を聞きます。使用するには、まずベッドと呼ばれる部分に囚人を腹ばいに固定します。そして上部の製図屋の中で組み合わされた歯車で、製図屋の下に付けられた馬鍬と呼ばれる鋼鉄製の針が動き、囚人の体にその罪に沿った判決文を刻みます。処刑には12時間もの時間がかかります。

 この機械は前任の司令官により作られたもので、将校には思い入れがあります。現在、この機械による処刑は批判にさらされ、存続の危機にあります。将校はこの機械の存続のために協力するよう旅行家に頼みます。しかし旅行家は、それを断ります。すると将校は縛られていた囚人を放免。そして製図屋の中身を入れ替え、裸になって機械に横たわり機械を作動させます。しかし機械は鈍い音を立てて壊れ始め、将校を串刺しにして殺します。

 村上春樹の文学と『流刑地にて』の共通点は、それが他者の自殺のドラマという点です。『1973年のピンボール』で「僕」が直子に死なれてしまったように、『流刑地にて』においても旅行家は将校に良識的な意見をぶつけたことで死なれてしまいます。処刑装置が非情であるのと同様に、旅行家の良識的な意見は将校にとって非情な言葉であって、悲劇的な結末を迎えます。時に良識的な正論というものは無責任かつ残酷でありうると感じてしまいます。

 ピンボールというものは、ボールにとっての処刑台で、抗う術もなく井戸のようにポッカリ空いた穴へと落ち込んでいくボールというものは、直子や鼠の人生そのもののようにも思われます。ボールは重力という宿命には抗えず、プレイヤーがどう頑張っても最終的な運命も決まっています。

 そんなピンボールにこだわる「僕」は、自分が直子を死なせてしまったという事実の象徴として、ピンボールという処刑装置を通じた自傷的行為に没頭しているのかもしれません

物語世界

あらすじ

僕の章

 1973年、語り手「僕」は大学時代からの友人であるジェイと共同で翻訳事務所を運営しています。特に音楽の歌詞や技術関連の文書を扱っています。

 「僕」は東京のとあるアパートの208号室で暮らしていますが、そこには、双子の姉妹が一緒に住んでおり、彼女たちは突然「僕」のもとに現れ、居候します。

 ある日、「僕」はふとしたきっかけで、昔ジェイズバーにあって、過去に夢中になって遊んでいたピンボールマシンを思い出します。そのピンボールマシンの名前は「スペースシップ」で、星や宇宙船のイラストが描かれたものです。

 「僕」は「スペースシップ」を見つけたいと探し、東京中のゲームセンターやバーを巡り情報を集めます。なかなか見つからないものの、ある日、偶然に「僕」はある倉庫にたどり着き、そこで何十台もの古いピンボールマシンが放置されているのを発見します。「僕」はその中に「スペースシップ」を見つけ、ピンボールをプレイします。

 倉庫で「僕」はピンボールを通じて、かつて自分の周囲で自殺した女性、直子の声と対峙します。

「鼠」の章

 1973年、鼠は東京から離れた地方都市で暮らします。裕福な家庭に生まれ育った彼は孤独を抱え、街のジェイズバーに通います。このバーのバーテンダーであるジェイとは、鼠は親しくします。

 ある日、鼠はバーで一人の女性と出会います。彼女は名前などを明かさず、鼠は彼女に惹かれながらも、彼女に対する感情を整理できません。

 鼠は自分の人生への不満と、自分の目標について考えますが、答えは見つからないままです。

登場人物

  • :語り手。「鼠」の友人。直子を自殺で失う
  • :ジェイズバーに入り浸り、虚無的な日々を送る。『ノルウェイの森』におけるキズキのような位置。
  • 直子:僕と関係を持った女性。自殺している。

関連作品、関連おすすめ作品

・フランツ=カフカ『流刑地にて』:非情な装置に象徴されるドラマ。

・ジョージ=ルーカス監督『アメリカン=グラフィティ』:失われた青春の物語。

・J=D=サリンジャー『ナイン=ストーリーズ』:自殺の謎をめぐるストーリー

参考文献

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