村上春樹『海辺のカフカ』解説あらすじ

村上春樹

始めに

始めに

 今回は、村上春樹のビルドゥクスロマン、『海辺のカフカ』について感想を書いていきます。

語りの構造、背景知識

等質物語世界の「僕」と、「ナカタ」に焦点化する異質物語世界の語り

 この作品は等質物語世界の「僕」=田村カフカの語りと、「ナカタ」に焦点化する異質物語世界の語りとによって構成されています。二人にどんな関係があるのかは明示されていません。『1973年のピンボール』に近いデザインです。

フランツ=カフカ『火夫』のパロディ。『オイディプス王』的運命悲劇

 この作品はカフカ『火夫』のパロディのような少年の放浪譚になっています。カフカも精神分析理論やキルケゴールなどの実存主義哲学から影響を受けたことが知られますが、この作品もそれらからの影響が顕著です。

 この作品がフロイト的父殺しのドラマでありつつ、『オイディプス王』のような悲劇とならずビルドゥクスロマンたり得ているのは、「ナカタ」と呼ばれる男が父殺しの役割を引き受けてくれているため、その責任を間逃れているからです。カフカ青年は預言された運命に従って、母や姉の象徴としての異性と廻り合い、性交をしますが、父を殺す役割はナカタが引き受けています。

ナカタとは何者か

 ナカタとはそもそも何者なのでしょうか。ナカタは過去の戦争体験によって、読み書きと記憶を失っているなど、『世界の終わりとハードボイルド=ワンダーランド』の「僕」のように、半身=影=シャドウを喪失していることが示されています。

 カフカ少年を導く「カラス」と呼ばれる存在がいるのですが、これか田村カフカがナカタの半身であるようにも解釈できますが、明示されてはいません。

運命悲劇の犠牲者、グレートファーザーとしてのナカタ

 ナカタは『タイタンの妖女』のサロ、『世界の終わりとハードボイルド=ワンダーランド』の「私」のような、運命悲劇の主人公です。特定のエージェントの目的にドライブされた筋書きに従い、その人生を終えます。

 それに加えてナカタは、カフカの真の「グレートファーザー」のようにも思われます。カフカの父殺しのストーリーは、グレートファーザーの象徴たるナカタの死によって完成するようにも思われます。カフカ少年が実の父殺しの責任を間逃れるのは、保護者としてのロールを背負うナカタがそれを代わってくれるからです。カフカ少年の無意識におけるグレートファーザーの象徴たるナカタの死によって、カフカ少年はようやく責任主体として自立した自己を確立します。

戦争、暴力、トラウマ

 戦争、暴力のトラウマのモチーフが見えます。また川口大三郎事件への言及も見えます。初期から村上はベトナム戦争の影を描くニューシネマの影響が強いですが、その系譜を引き継ぐといえるでしょう。

 また運命にドライブされる決定論、両立論的テーマが見えます。村上は初期から、心的外傷や運命の前に自己の自律的自由が損なわれそうになりつつも、自己の自由を確立しようとする主人公を描いてきました。

タナトスあるいは悪の象徴たる猫殺し、カフカ少年の父

 人を暴力や死へと駆り立てるタナトス、悪霊のような存在こそ、村上文学の中核的主題となっています。本作品でそうした象徴性を帯びるのはカフカ少年の父、ジョニー=ウォーカーと呼ばれる「猫殺し」の犯人、そして彼らに干渉した悪の象徴たる白いものです。彼らはナカタや星野青年によって倒されることとなります。

世代交代の象徴としてのドラマ

 本作品もアレントの保守思想からの影響が顕著で、その点では『羊をめぐる冒険』『ねじまき鳥クロニクル』と同様です。本作品ではジョニー=ウォーカー、白いものなど、悪の象徴たる存在が登場し、それが日本型ファシズムや新左翼の悲劇を産んだと捉えられています。

 それとの対峙が、佐伯、ナカタという上の世代から星野という若い世代へ継承され、やがてナカタの死によってカフカが責任主体として自立して行くことから、若い世代へと正義への意志と責任が継承されていく様が描かれています。

物語世界

あらすじ

 田村カフカは、都内で父親と二人暮らしです。昔母親から捨てられたことがトラウマなカフカは、15歳の誕生日に父親にかけられた、自分の手で父親を殺し、母と姉と交わるという呪いから逃れるべく、「カラス」という少年から助けられ、家出をします。

 深夜バスで四国を目指し、そこでさくらという女性と出会います。四国に着いてある日目覚めると、自分は森の中で血だらけで倒れていました。カフカは、夜行バスで出会ったさくらに連絡し、さくらの家に泊めてもらいます。

 ナカタさんは、都の補助を受けている男性です。小さい頃の事件で脳に障害が残りました。ナカタさんは猫と話すことができ、近所の人から猫探しを頼まれていました。ある日、猫探し中に出会った猫殺しの男を、猫を助けて殺害します。その男性はカフカの父でした。そして、トラック運転手の星野と出会い、高松へ向かいます。ナカタさんには、「入口の石」を探す使命がありました。

 カフカは、さくらの家を出て甲村図書館に向かい司書の大島さんに泊めて欲しいと頼みます。大島さんは、自分の持つ別荘に泊まってはどうかと提案します。カフカは高知に向かいました。カフカを司書の大島さんが迎え、図書館で生活します。

 甲村図書館の館長の佐伯さんの許嫁の甲村少年は東京の大学に行き、佐伯さんは音楽大学に進みました。そして、20歳の時に許嫁は亡くなりす。佐伯さんは行方不明になり、25年後に高松に帰り、図書館の責任者になりました。カフカが寝泊まりしていたのは、甲村少年が使っていた部屋でした。やがて、カフカと佐伯さんは関係を持ちます。

 ナカタさんは「入り口の石」を探し、トラック運転手のホシノさんの協力を得て甲村図書館に着きます。そこで佐伯さんと会い、佐伯さんはナカタさんに、自分が書いて来た記録を消して欲しいと頼みます。その後、佐伯さんは机に突っ伏し亡くなっていました。

 その頃、カフカの父が殺され、警察はカフカを追っていました。カフカは、高知の小屋へ逃げ込みます。そこで、さくらを犯す夢を見ます。森の中で、昔、戦争の演習中に行方不明になった2人に会います。2人によると、そこには時間の概念がなく、入り口はめったに開かないので戻れなくなる可能性もあるそうです。そこには15歳の佐伯さんや現在の佐伯さん、本のない図書館もありました。現在の佐伯さんは、カフカには生きて欲しいと言い、1枚の絵を渡します。その絵のタイトルは「海辺のカフカ」でした。

 一方、ナカタさんとホシノさんは、図書館を出た後に佐伯さんの記録を燃やします。ナカタさんはそのあと、亡くなります。ホシノさんは、しばらくナカタさんの亡骸と過ごします。ホシノさんは、猫と話せるようになっていました。そして、猫から悪が入り口の石を狙いに来ると言われます。

 夜中になると白い邪悪なものが現れます。ホシノさんはそれを殺し、袋に詰めて焼きました。

 カフカは森を出て、高知の小屋へ戻りました。そこには大島さんの兄がいました。一緒に図書館へ行き、大島さんに挨拶します。図書館は大島さんが継ぐそうです。カフカは東京に戻り、学校に行こうと決意します。

登場人物

  • 田村カフカ:語り手を務める少年。父を殺し母、姉と交わる運命にある。
  • ナカタサトル:記憶喪失で障がい者の老人。正体は不明。
  • 星野:ナカタと同行する青年。

総評

少し水っぽいが、見所も多い作品

ノルウェイの森』以降の村上作品は、初期の三部作を水っぽくした内容の作品が多く、これもそうですが、けれども読み応えはあります。

関連作品、関連おすすめ作品

・フランツ=カフカ『火夫』:家出少年の成長のドラマ。フロイト的親子のドラマ。

参考文献

谷口茂『フランツ=カフカの生涯』(潮出版社.1973)

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