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辻村深月『傲慢と善良』解説あらすじ

た行の作家
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始めに

 直木賞作家辻村深月さんの新作『傲慢と善良』が発表されました。今回は話題のこの作品の感想を書いていきたいと思います。

語りの構造

異質物語世界の語り、西澤架(前半)・坂庭真実(後半)への焦点化

 この作品は異質物語世界の語り手、主人公・西澤架ならびにその恋人・坂庭真実を主な焦点化人物(所謂、視点人物)とする語りが設定されています。

 これによって、やや主人公を突き放しつつも共感も向けるような語りがなされています。また、前半は架に焦点化が主になされることで、架と読者の作品内での事実認識をおよそ共有し、サスペンスの効果を盛り上げます。

『傲慢と偏見』との比較

  この作品のタイトルはオースティン『傲慢と偏見』のパロディとなっていますが、オースティン『傲慢と偏見』とは、少し語りの様相は異なっているようにも思われます。

 『傲慢と偏見』でも物語世界外の語り手によって語られますが、焦点化は主人公エリザベス・ベネットだけでなくベネット家の人々を中心になされるなど、『傲慢と善良』とはやや異なっています。『傲慢と偏見』においては、エリザベスやベネット家の人々に焦点化が主になされ、結婚という出来事に伴う家族の動向を緻密なデッサンで捉えるのに対して、『傲慢と善良』は主人公二人に焦点化し、もっと少ない線によって、サスペンスを交えて結婚を巡る物語を展開します。

結婚を巡る風習喜劇

 ところでしばしば勘違いされますが、ジェーン=オースティンは、ヴィクトリア期の作家ではなく、またシャーロット=ブロンテ(『ジェーン=エア』)のようなロマン主義に括られる作家でもなく、摂政時代の風刺的な喜劇作家です。オースティン『傲慢と偏見』においても、登場人物のグロテスクなまでのリアリズムで、社交界の実態を嘲笑する描写はドストエフスキー(『罪と罰』)や、オースティンに私淑した夏目漱石とも重なります。

 辻村深月も同様に、直木賞を受賞した『鍵のない夢を見る』などでも、犯罪というモチーフを交えつつも端正な線で女性のリアルでグロテスクな心理描写をブラックユーモアを絡めて展開してみせてきました。『傲慢と善良』も不穏なムードを匂わせ黒い笑いもちりばめられていますが、ハートフルな結婚を巡るコメディとして纏められています。

テーマ

 タイトルの意味は作中でも明言されず、解釈に委ねられています。ところで真実がこの作品においてしたことの意味とはなんだったのでしょうか。それは「試し行動」であったと私は思います。

 婚活というゲームのなかでは、相手には代わりが多くいるのであるから、たとえ恋人としての関係を形成できたとしても、たえず「自分には代わりがいくらでもいるのだ」という不安に苛まれることになります。同時に「相手にも代わりはいくらでもいるのだし、容易に相手の善良さを信頼し、人生を預けてもよいのだろうか。自分は」という不安にも陥りがちです。母から絶対的な執着を向けられることで、受け身で流されやすい性格を家庭の内外で形成してきた真実にとっては、なおさらそうした不安は強かったでしょう。

 だから真実は、今回の事件を通じて自分撮り相手の気持ちを確かめたかったのだと思います。そんなことを望んだのは善良な真実にとって傲慢な行動ではありますが、それでもかつて架から自分に向けられた「結婚したいという気持ちは70%」という傲慢な言葉の向こうに、架の善良さを確かめて、信じていたかったのではないかなと思います

フィクション世界について

あらすじ

 架は学生時代の友人たち、美奈子らと飲み会をしていました。そのとき、恋人である真実から電話が入ります。彼女は自分の部屋にストーカーが侵入していると伝えます。架すぐに真実に自宅へ来るように話し、真実は架の指示に従って、彼の住む家で同居します。

 その後、架は彼女に結婚を申し込みます。真実も受け入れ、二人は婚約。

 しかしある日、架が仕事から家に帰ると、真実の姿がどこにもありません。翌日になっても真実は帰らず、彼女が元々住んでいた家にも戻っていません。架は、真実の群馬の両親に連絡を取りますが、両親もこの突然のことに困惑し、どこにいるのか、心当たりがないと言います。

 架は警察に失踪届を出すものの、警察は事件性が低いとして積極的な捜査はしません。真実の両親は、ストーカー被害に遭っていたことを聞いて動揺し、なぜその時に警察に相談しなかったのかと架を咎めます。架自身も、後悔します。

 真実の両親は、真実が自分の意思で失踪した可能性も考え、大ごとにしたくないと考えます。しかし、架は真実を見つけ出そうとします。

 数日後、真実の故郷である群馬県へと向かいました。真実は当初、合コンやパーティーに消極的で、母である陽子の勧めで結婚相談所に登録しました。架は結婚相談所の運営者の小野里さんに話を聞きます。

 情報を元に、架は真実が以前に会った二人の男性を訪ねます。一人目の男性はカジュアルな服装をしていて、彼は既に結婚しており、子どもも控えているそうです。二人目の男性は独身で、会話が続かないものの、真実を心配しています。架はこの二人がストーカーの犯人ではないことを確信します。

 架が真実の過去を探る中、真実の友人である美奈子からの連絡があります。美奈子は架に、真実が以前話したストーカー被害は架に結婚を急がせるための作り話かもしれないと打ち明けます。真実が失踪する前夜、彼女は職場の退職祝いをレストランで行っており、美奈子たちも居合わせていました。この席で、真実は彼女たちにストーカーの被害について話していましたが、美奈子たちは疑問を感じていました。真実の言動に一貫性がなく、被害の具体的な状況も細部が曖昧だからです。問い詰めると、真実は何も反論できません。さらに、美奈子たちは真実に対して、架が彼女のことを「百点の婚約者」とは思っておらず、「70点の相手」と発言していたと告げ、これに真実は傷つきます。

 一方、真実は宮城県の被災地でボランティア活動に参加していました。最初に参加した活動は、津波で被害を受けた地域の写真を綺麗にする作業でした。被災した家族の写真を一枚一枚丁寧に修復する作業を通じて、彼女は多くの被災者の話を聞き、それぞれの人悲しみや希望に触れます。次に真実は、地図作りのバイトに参加します。この作業を通じて、彼女は地域の人々とつながりを築きます。

 宮城県でのボランティア活動中、真実は成長を実感します。

 ある日、真実はインターネットカフェで自分のソーシャルメディアをチェックしました。すると、架からのコメントがあり、彼はストーカーがいないことはわかっているものの、話がしたい旨を書き込んでいました。真実は架に連絡を取る決意を固め、少し時間が欲しいけれど、必ず連絡すると伝えます。

 数ヶ月後、架は宮城県まで真実を訪ねました。真実は架に対して、自分が「70点」と評されたこと、美奈子たちとの関係が苦痛だったことを打ち明けました。また、ボランティアでの経験も伝えます。

 架は真実の話を静かに聞き、再び真実にプロポーズしました。真実は架の提案を受け入れ、二人は改めて絆を深めます。

 その後、二人は宮城の神社で、身近な人たちを招かずにシンプルな結婚式を挙げました。この神社は、真実がボランティア活動中に偶然見つけた場所でした。

登場人物

  • 西澤架:マッチングアプリを通じて真実と交際。周りの知り合いが結婚しているため、焦りを感じています。
  • 坂庭真実:架の恋人。意思が弱く流されやすい。母親から過大な干渉を受けている。友人関係でもいじられやすく、傷つけられやすい。
  • 坂庭陽子:真実の母親。毒親気味で真実に干渉する。

関連作品、関連おすすめ作品

・辻村深月『鍵のない夢を見る』:辻村深月の代表作で、恋愛をめぐるサスペンス小説です。ブラックユーモアが冴え渡ります。

・フョードル=ドストエフスキー『罪と罰』、パトリシア=ハイスミス『ふくろうの叫び』、桐野夏生『グロテスク』:犯罪をモチーフとするグロテスクな笑いのコメディ

・夏目漱石『明暗』、谷崎潤一郎『細雪』、倉橋由美子『夢の浮橋』、ジェーン=オースティン『傲慢と偏見』、綿矢りさ『かわいそうだね』:結婚を巡る風習喜劇です。

・フランツ=カフカ『変身』、コーエン兄弟『ファーゴ』:犯罪やファンタジーの要素を触媒に、リアルな人間の心理を描きます。

参考文献 

新井潤美『自負と偏見のイギリス文化:J・オースティンの世界』(2008.岩波書店)

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