始めに
H=ジェイムズ『黄金の盃』解説あらすじを書いていきます。
語りの構造、背景知識
異質物語世界の語り手、複数の人物への焦点化
本作品は異質物語世界の語り手を設定し、二人の人物(アメリゴ公爵と公爵夫人マギー)に焦点化するデザインになっています。『鳩の翼』では焦点化されるのが複数なので対照的です。
貧しくもカリスマ性のあるイタリア貴族のアメリゴ公爵は、莫大な資産を持つアメリカ人金融家で美術品収集家の未亡人アダム・ヴァーヴァーの一人娘、マギー・ヴァーヴァーとの結婚のためロンドンに来ています。滞在中、彼はローマ時代の愛人だったもう一人の若いアメリカ人、シャーロット・スタントと再会します。マギーとシャーロットは幼なじみですが、マギーはシャーロットとアメリゴの過去の関係を知らないのでした。
やがてシャーロットとアダムが結婚したことで、かつてのシャーロットとアメリゴ公爵の情事が復活し、四角関係になってしまいます。
集合行為における一個のアクターの視点から描く心理劇
本作品とコンセプトとして重なるのは漱石『こころ』やロブグリエ『嫉妬』、谷崎潤一郎『卍』『痴人の愛』、芥川『藪の中』、フォークナー『響きと怒り』、リンチ監督『ブルー=ベルベット』と言えます。集合行為における一部のアクターを語りの主体にしたり、または一部のアクターにしか焦点化をしないために、読者も登場人物と同様、作中の事実に不確かな認識しか得られるところがなく、限定的なリソースの中で解釈をはかっていくことしかできません。
アメリゴ公爵と公爵夫人マギーという二人の焦点化人物以外の内的独白はオミットされているため、読者もそれを解釈するよりありません。
メリメ、モーパッサンらの影響
ヘンリー=ジェイムズはモーパッサン(『脂肪の塊』『女の一生』)などから影響を受け、モーパッサンも枠物語構造をとりれた作品があって、それが永井荷風の『ふらんす物語』へ影響し、そこで「おもかげ」と呼ばれる作品をものしております。コンラッド『闇の奥』にもモーパッサンの影響があります。本作の非線形の語りはモーパッサン、それからメリメの影響が大きいでしょう。
メリメは『カルメン』のオペラ化が有名ですが、ゴシック文学を広く手がけております。伝聞による語りや翻訳文学のパロディなどを孕んだ、豊かな語り口が特徴の作風で、『カルメン』も枠物語の構造です。
ジェイムズの非線形の語りにはこうした作家の影響も関わります。
タイトルの意味
タイトルになっている「黄金の盃」とは作品に登場するモチーフで、金箔が貼られており見栄えはいいですが、実はかすかな傷があって、水が入るとこぼれてしまいます。このため四人の関係の危機を象徴するシンボルになっています。
危機の中、マギーは父とシャーロットをアメリカへ帰し、破局を逃れようとし、幕を閉じます。
ロシアとフランスのリアリズムの影響、集合行為を追う物語
ヘンリー=ジェイムズという作家はツルゲーネフ(『父と子』『初恋』)を通じて知己を得たフローベール(『ボヴァリー夫人』『感情教育』)、ゾラ(『居酒屋』)、モーパッサン(『脂肪の塊』『女の一生』)などから影響を受けたことが知られます。そうした縁もあってロシアとフランスのリアリズム文学の影響を強く受けたのでした。またバルザック(『従妹ベット』『ゴリオ爺さん』)の作品をこのみ影響されました。
本作品も登場人物の心理を丁寧に追っていくデザインで、さながらドストエフスキーの『罪と罰』などを連想させられます。
他の作品では例えば冨樫義博『HUNTER×HUNTER』、ハメット『マルタの鷹』『血の収穫』、谷崎潤一郎『卍』、エドワード=ヤン監督『エドワード=ヤンの恋愛時代』などに近いですが、物語は偏に特定のテーマや目的に従うべくデザインされている訳ではなく、エージェントがそれぞれの選好、信念のもと合理性を発揮し、これが交錯する中でドラマが展開されていきます。このようなデザインは、現実社会における政治学・社会学(システム論、エスノメソドロジー)や国際関係論におけるリアリズム/リベラリズム/ネオリベラリズム/ネオリアリズムが想定する人間関係や国際関係に対するモデルと共通しますが、現実世界における実践に対する見通しとして経験的根拠の蓄積のある強固なモデルといえます。
物語世界
あらすじ
貧しくもカリスマ性のあるイタリア貴族のアメリゴ公爵は、莫大な資産を持つアメリカ人金融家で美術品収集家の未亡人アダム・ヴァーヴァーの一人娘、マギー・ヴァーヴァーとの結婚のためロンドンに来ています。滞在中、彼はローマ時代の愛人だったもう一人の若いアメリカ人、シャーロット・スタントと再会します。マギーとシャーロットは幼なじみですが、マギーはシャーロットとアメリゴの過去の関係を知らないのでした。
シャーロットとアメリゴはマギーへの結婚祝いを買いに出かけます。二人は骨董品店を見つけ、店主からアンティークの金メッキのクリスタルボウルを勧められます。シャーロットにはボウルを買うお金がなく、アメリゴ王子は隠れた欠陥があるのではないかと疑い、購入を断るのでした。
マギーは結婚後、父親が寂しくなっているのではないかと心配し、シャーロットにプロポーズするよう説得し、シャーロットはアダムのプロポーズを受け入れます。結婚式の直後、シャーロットとアメリゴは一緒に暮らすことになります。それぞれの配偶者が結婚生活よりも父娘の関係に興味があるようだからでした。アメリゴとシャーロットはキスをし、その後、一緒に大聖堂や宿屋を訪れて一日を過ごします。
マギーは二人を疑い始めます。偶然同じ店に行き、二人が断った金のボウルを買います。店主はマギーを訪ね、高値で買ったことを後悔し、高値で買ったことを告白する。彼女の家で、店主はアメリゴとシャーロットの写真を見る。店主はマギーに、結婚前夜の二人の買い物と店での親密な会話を語る。
マギーはアメリゴと対決する。彼女は、父親に二人の情事を明かさずに、アメリゴとシャーロットを引き離そうとします。また、シャーロットにそのことを隠し、二人の友情に変化はないと否定しながら、徐々に父親を説得して妻とともにアメリカに帰国させます。
マギーを世間知らずで未熟なアメリカ人とみなしていたアメリゴ公爵は、妻の外交術に感銘を受けます。小説は、アダムとシャーロット・ヴァーヴァーがアメリカに向けて出発するところで終わります。アメリゴは「マギーしか見えない」と言い、彼女を抱きしめるのでした。
参考文献
・Fred Kaplan ”Henry James: The Imagination of Genius, A Biography”




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