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ミシェル・レリス『ゲームの規則』解説あらすじ

ミシェル・レリス
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始めに

 ミシェル・レリス『ゲームの規則』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

ミシェル・レリスの作家性

 レイモン・ルーセルはレリスにとって最大の衝撃となった作家です。ルーセルの機械的人工的な言語構築法は、レリスの言葉に対する執着と、自伝シリーズ『ゲームの規則』における言語的実験の出発点となりました。​マックス・ジャコブも若き日のレリスを導いた師の一人です。ジャコブの諧謔精神や、散文詩における自由な発想は、初期のレリスに大きな影響を与えました。ほかにレリスの膨大な自伝的探求は、しばしばプルーストと比較されます。ロートレアモン伯爵からはシュルレアリストたちと同様に、その過激な文体とイメージの奔流から強い影響を受け、初期作品における詩的言語の形成に寄与しました。


​ ​レリスは単なる文学者ではなく、民族学者でもあったため、科学や哲学からの影響も顕著です。​マルセル・モースはレリスが民族学の道に進むきっかけとなった人類学者です。モースの贈与論や全社会的事実という概念は、レリスが他者を、そして自己を客観的に観察する際の理論的土台となりました。自己を厳格に分析する精神の背景には、ニーチェ的な実存への問いが伏在しています。


​ ​同時代の作家たちとの相互作用も、彼の文学的立場を決定づけました。​アンドレ・ブルトンはシュルレアリスムの法王で、レリスは当初この運動に参加し、オートマティスムの手法を学びましたが、後にブルトンの教条主義に反発して離脱します。ジョルジュ・バタイユはブルトンと決別した後、雑誌『ドキュマン』などで活動を共にしました。供犠や「エロティシズム、侵犯といったバタイユ的テーマは、レリスの代表作『昂り』における闘牛のメタファーや身体性への関心に深く響き合っています。

言葉と世界

 レリスにとって、言葉は単なる伝達手段ではなく、世界そのものを構成する要素です。子供の頃の言い間違いや、言葉の響きから連想されるイメージを糸口に、記憶を掘り起こします。ひとつの記述が、次の記述によって修正されたり、否定されたりするプロセスそのものを提示します。真実を固定するのではなく、書くことによって自己という像を絶えず書き換えし続けることがテーマとなっています。


​ ​レリスはプロの民族学者でもあったため、自分自身を観察対象の他者として冷徹に分析しようと試みました。感情的な告白よりも、身の回りの品々、音、夢の断片などを、あたかも未開の地の資料を整理するように緻密に記録します。 極めて個人的な内面を、科学的な厳密さを持って記述することで、普遍的な人間の意識の構造を浮き彫りにしようとしました。

タイトルの意味

 ​書名にある「ゲームの規則」とは、混沌とした人生をいかに生きるべきかという生の作法を指しています。政治的動揺、戦争、そして自身の自殺未遂といった危機の中で、自分を支える規則を見つけ出そうとします。文学というゲームにおいて、どのようなルールに従えば、自分自身に対して誠実でいられるのかという問いが常に通底しています。

 ​『昂り』からの継続的なテーマですが、意識だけでなく肉体への執着も重要です。常に死の危険を孕んだ書き方を、闘牛士の華麗かつ危険な所作になぞらえています。後半の巻になるにつれ、老いや肉体の衰退、そして消えゆく意識の微かな音への関心が高まります。

物語世界

あらすじ

 ​物語は、幼少期の微細な記憶と言葉との出会いから始まります。例えば、おもちゃの兵隊を落とした際に発した言い間違いの記憶を徹底的に解剖します。ここでは、単なる過去の回想ではなく、言葉というものがどのように自分の中に世界を構築し、また同時に自己という幻影を作り上げていったのかという意識の発生プロセスが綴られます。事実は言葉によって抹消され、常に別の形へと書き換えられていく、その流動的な過程そのものが導入部となります。

​ ​次第に記述の対象は、自分一人の内面から、外の世界へと広がっていきます。青年期の軍隊生活、民族学者としての過酷なアフリカ旅行、そして第二次世界大戦という歴史の荒波との接触です。ここでは、自らの身体性やエロティシズム、そして避けることのできない死への恐怖が中心的なテーマとなります。理想の自分と、醜悪な現実の自分。そのギャップに苦しみ、ついには自殺未遂に至るという精神的などん底を経験しながら、レリスはいかにして自分を欺かずに生きるためのルールを見出すかという倫理的な問いを執拗に追求します。


​ ​後半から晩年にかけては、巨大な自己を構築しようとする野心は影を潜め、記述はより細分化・断片化していきます。かつての緻密な分析は、日々のふとした物音、夢の記録、音楽の調べといった微かな音の集積へと変化します。


 人生の統合を諦めるのではなく、あえてバラバラの断片として自己を提示すること。老いを受け入れ、意識が消滅していく直前の、最後のかすかな振動を記録し続けることで、逆説的に生の輪郭を浮き彫りにしようとします。

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