始めに
『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
トウェイン、ビアスの影響
ヴォネガットは、マーク=トウェイン(『ハックルベリー・フィンの冒険』『王子と乞食』)やアンブローズ・ビアスという作家からの影響が顕著です。
トウェインは口語的でエネルギッシュかつリズミカルな語りと、ペーソスを特徴とします。本作も、砕けた口語的な語でありつつも、ペーソスある物語を展開していきます。
またトウェインやビアスのシニカルな風刺性と、ヴォネガットに影響しています。
オーウェル、ショーのリアリズム
ヴォネガットはまた、オーウェル(『1984』『動物農場』)やショー(『ピグマリオン』)のシニズム、ペシミズムからも大きな影響を受けています。
オーウェルのSF作品は、SF仕立ての内容の中に社会批判などを孕んでいますが、本作も同様です。
ショーも寓意的で辛辣な諷刺作品を展開しましたが、本作も同様の精神を観て取れます。
貧困と富
テーマはなぜ一部の人間が富を独占し、他が貧困にあえぐのかという問いです。ヴォネガットは、富を努力の結晶ではなく、たまたまその近くに生まれた者がストローで吸い上げるだけの川のようなものとして描いています。主人公エリオット=ローズウォーターは、自らの富が先祖の強欲と幸運によるものであることを自覚し、その不当性に苦悩します。
オートメーション化が進み、労働力の価値が低下する社会において、経済的に無価値と見なされる人々に、どう向き合うべきかが大きなテーマです。エリオットは、社会から見捨てられた貧しい人々に対し、ただ話を聞く、電話に出るわずかな金を渡す、という行為を繰り返します。彼は、人間は何かができるから価値があるのではなく、ただ存在しているだけで愛される権利があるという、極めてキリスト教的かつ人道的な平等を体現しようとします。
ロマン主義
世間は、財産をばらまくエリオットを狂人と見なしますが、物語は狂っているのはエリオットか、それともこの格差社会かを問いかけます。彼の財産を狙う弁護士や、富を維持しようとする父親の論理は合理的ですが、同時に極めて冷酷です。エリオットの狂気は、非情な世界における唯一の倫理的な反応として描かれています。
ヴォネガット作品に共通するテーマですが、機械化が進む未来への不安が背景にあります。人間が機械に取って代わられ、労働による自己実現ができなくなったとき、人は何にすがって生きるのか。エリオットが行う洗礼の言葉は、その虚無への唯一の対抗策として提示されています。
また、本作はヴォネガットの分身とも言える架空のSF作家キルゴア=トラウトが初めて登場する記念すべき作品でもあります。トラウトはエリオットの行動を人類史上最も大胆な実験と評し、物語にメタフィジカルな視点を与えています。
物語世界
あらすじ
主人公エリオット=ローズウォーターは、アメリカでも有数の大富豪ローズウォーター家の嫡男であり、8700万ドルという巨額の資産を管理するローズウォーター基金の会長です。しかし、第二次世界大戦でのトラウマ(誤って非戦闘員を殺害した経験)と、あまりに巨大な富に対する罪悪感から、彼はニューヨークの社交界に背を向け、酒に溺れながら放浪の旅に出ます。
エリオットは、一族のルーツでありながら今や寂れ果てた町、インディアナ州ローズウォーターにたどり着きます。彼はそこでボロ屋を事務所にし、電話一本で誰からの相談にも乗る奇妙な活動を始めます。
彼は町の貧しい人々、社会から無価値と見なされた人々に対し、わずかな金を分け与え、彼らの不平不満を辛抱強く聞き、彼らを一人の人間として尊重し続けます。エリオットの妻シルヴィアは夫に協力しようとしますが、彼のあまりに過剰な博愛に精神を病み、二人は離別することになります。
一方、若く強欲な弁護士ノーマン=ムシャリは、エリオットを精神異常であると証明し、基金の会長職を解任させようと画策します。エリオットが解任されれば、財産は遠縁の親戚(ロードアイランド州でしがない保険勧誘員をしているフレッド=ローズウォーター)に転がり込み、ムシャリはその手数料で大儲けできるからです。ムシャリは、エリオットがいかに異常な金の使い方をしているかという証拠を執拗に集め始めます。
心身ともに限界を迎えたエリオットは、ついに精神崩壊を起こし、療養所に入院します。そこで彼は、自身の心の師である売れないSF作家キルゴア=トラウトと面会します。トラウトは、エリオットの行動をオートメーション化によって価値を奪われた人々に、愛と尊厳を与えようとした、人類史上最も重要な社会実験だと高く評価します。この言葉がエリオットにある種の正気を取り戻させます。
ムシャリによる精神異常を申し立てる裁判を回避するため、エリオットは驚くべき行動に出ます。彼は、自分が支援してきたローズウォーターの町のすべての子供たちを自分の法的な子供(相続人)として認知するという宣言書に署名します。子供が50人以上もいる男を、誰が不妊症や狂人と呼べるだろうかという逆転の発想です。
こうして、ローズウォーター家の財産はムシャリの手を離れ、エリオットが愛した名もなき人々へと還元される道が開かれ、物語は幕を閉じます。



コメント