始めに
ヴォネガット『猫のゆりかご』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
トウェイン、ビアスの影響
ヴォネガットは、マーク=トウェイン(『ハックルベリー・フィンの冒険』『王子と乞食』)やアンブローズ・ビアスという作家からの影響が顕著です。
トウェインは口語的でエネルギッシュかつリズミカルな語りと、ペーソスを特徴とします。本作も、砕けた口語的な語でありつつも、ペーソスある物語を展開していきます。
またトウェインやビアスのシニカルな風刺性と、ヴォネガットに影響しています。
オーウェル、ショーのリアリズム
ヴォネガットはまた、オーウェル(『1984』『動物農場』)やショー(『ピグマリオン』)のシニズム、ペシミズムからも大きな影響を受けています。
オーウェルのSF作品は、SF仕立ての内容の中に社会批判などを孕んでいますが、本作も同様です。
ショーも寓意的で辛辣な諷刺作品を展開しましたが、本作も同様の精神を観て取れます。
倫理なき進歩
テーマは道徳を伴わない科学探究がいかに破滅的かという問いです。原爆の父の一人とされる架空の人物フェリックス・ホニカー博士は、自らの発明(アイス・ナイン)が世界を滅ぼす可能性に対して、完全に無関心です。科学者が真理の探究という名目のもと、人類の生存よりもパズルを解くような知的な満足感を優先させた結果、世界は物理的な終焉を迎えます。
作中に登場する架空の宗教ボコノン教は、人間は嘘なしでは生きていけないという諦念に基づいています。ボコノン教の聖典の冒頭にはこの本に書かれていることはすべて嘘であると記されています。しかし、残酷な現実に直面する人々にとって、その嘘は唯一の精神的救済として機能します。科学がもたらす残酷な真実よりも、宗教が提供する幸福な嘘の方が人間にとっては価値があるのではないか、という皮肉な逆説が提示されています。
タイトルの意味
ヴォネガットは、人間が作り出す実体のない集団意識を鋭く批判しています。グランファルーンとは、国家、政党、出身校など、一見意味があるようでいて、実は精神的なつながりのない偽りの集団を指します。 一方で、神の意志によって見えない糸で結ばれた真の集団をカラスと呼びます。人間がいかに無意味なレッテル(グランファルーン)に固執し、対立を繰り返しているかが描かれています。
あやとりの「猫のゆりかご」には、実際には猫もいなければ、ゆりかごも存在しません。子供たちが遊ぶあやとりのように、大人が信じている社会秩序、国家、科学、宗教も、実は中身のない指の間の紐に過ぎないのではないか。 登場人物のニュート=ホニカーが語るように、すべてはただの格好であり、本質的な意味などどこにもないという虚無的な世界観を象徴しています。
物語世界
あらすじ
物語の語り手であるジョン(自称「ヨナ」)は、広島に原爆が落とされた日、アメリカの偉大な科学者たちは何をしていたかという本を書くために取材を始めます。
その過程で、原爆の父の一人とされる架空の科学者、フェリックス=ホニカー博士の遺児たちであるアンジェラ、ニュート、フランクに接触します。博士はすでに亡くなっていましたが、彼が残した遺産は、原爆よりもはるかに恐ろしいものでした。
ホニカー博士は、泥沼に悩む軍人のために、触れた水分を一瞬で結晶化させるという性質を持つ物質アイス・ナインを発明していました。博士が亡くなった際、3人の子供たちはこの危険な物質を密かに分割して持ち出し、それぞれの個人的な目的のために利用しようとします。
ジョンは、行方不明になっていた次男のフランクが、カリブ海の架空の小国サン・ロレンゾ島で独裁者の側近になっていることを突き止め、現地へ向かいます。そこは、奇妙な対立構造を持つ島でした。独裁者「パパ」モンザーノは表面上はボコノン教を弾圧し、残酷な刑罰を執行している。予言者ボコノンは謎の宗教ボコノン教を創設し、ジャングルに潜伏しています。実は、この弾圧と逃亡は、退屈な島の生活に緊張感と娯楽を与えるためのボコノンと独裁者による共謀でした。
ジョンの滞在中、病に冒された独裁者「パパ」モンザーノは、フランクから譲り受けていたアイス・ナインを飲んで自殺します。その直後、飛行機の墜落と宮殿の崩壊によって、凍りついた彼の遺体が海へと落下してしまいます。
連鎖反応により、数秒のうちに地球上のすべての海、川、雨がアイス・ナインへと変貌し、人類文明は一瞬にして崩壊します。
数少ない生存者の一人となったジョンは、荒廃した世界で、ついに予言者ボコノンと対面します。ボコノンは人類の愚行を嘲笑いながら、自らの聖典の最後にもし自分が若ければ、神に対して軽蔑の指を突き立てて死ぬだろうといった趣旨の言葉を記し、物語は幕を閉じます。




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