始めに
ブコウスキー『パルプ』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ブコウスキーの作家性
ジョン=ファンテはブコウスキーにとっての「神」であり、最大の恩人です。ロサンゼルス中央図書館でファンテの『塵に問え』を見つけて衝撃を受けました。俗語、自伝的な語り、滑稽さと哀愁を継承します。
セリーヌの影響も顕著です。代表作『夜の果てへの旅』に見られる、反俗精神と皮肉、そして口語的世界は、ブコウスキーの文体の核となりました。
クヌート=ハムスン 『飢え』は、極限状態にある人間の心理描写や、プライドと惨めさの板挟みになる姿から感化を受けます。
ブコウスキーは後にヘミングウェイを批判することもありましたが、初期の短編におけるハードボイルドからは多大な影響を受けています。他にもドストエフスキー、ツルゲーネフに示唆を受けました。
死と不条理。パルプフィクション
作品のテーマは死です。物語には「死(レディ=デス)」という名の女性が依頼人として登場します。死が単なる概念ではなく、実際に会話をし、金を払い、執拗に追いかけてくる存在として描かれています。主人公ニック=ビレーンがどれだけ酒を飲み、競馬に逃げても、最後には死がすぐそばに立っていました。
『パルプ』の世界では、論理的な解決は期待できません。宇宙人が現れたり、死んだはずの作家セリーヌを探したりと、展開は支離滅裂です。従来の探偵小説は謎を解いて秩序を取り戻すものですが、本作では謎が解けても世界は混乱したままです。人生に高尚な意味などなく、ただ奇妙で滑稽な出来事が続いていくだけだという、ブコウスキー流のニヒリズムが極まっています。
チャンドラーやハメットが生み出した「ハードボイルド」という型を、ブコウスキーは徹底的に茶化しています。主人公はタフでも知的でもなく、金もなく、ただ運が悪いだけの酔っ払いです。かつて自分が読み漁った、安っぽいパルプ・フィクションのスタイルを借りることで、文学的権威を最後まで否定し続けました。
物語の中で、ニック=ビレーンは「赤い雀(レッド・スパロウ)」を探し求めます。これは、ブコウスキーの版元であるブラック・スパロウ・プレスの象徴とも言われています。尊敬した作家セリーヌを物語に登場させ、再び消すという行為は、自らのルーツを整理し、あの世へ持っていくための儀式のようでもあります。
物語世界
あらすじ
物語の主人公は、借金まみれで競馬と酒に明け暮れるロサンゼルスの冴えない私立探偵ニック=ビレーンです。彼の事務所に、息を呑むような美女「レディ・デス(死)」が現れるところからすべては狂い始めます。彼女は、30年以上前に死んだはずのフランス人作家ルイフェルディナン=セリーヌが、ハリウッドの古本屋で目撃されたと言い、彼を捕まえるようニックに依頼します。ニックは「死」の依頼を受け、実在しないはずの幽霊を追いかける羽目になります。
同時にニックは、別の古本屋の店主から「赤い雀(レッド・スパロウ)」なる謎の存在を探してほしいと頼まれ、さらにジャック=バスという男からは、自分の妻が宇宙人と浮気をしているから調査してくれというデタラメな依頼まで舞い込みます。ニックは酒を呷り、誰かれ構わず毒を吐きながら街を彷徨いますが、事態は悪夢のようにシュールになっていきます。
調査の過程で、ニックは本当にセリーヌに出くわします。しかし、老作家は捕らえようとするニックの手をすり抜けるように、この世のものとは思えない奇妙な存在感を放ちます。一方、宇宙人の不倫調査も嘘ではありませんでした。ニックは実際に金髪の宇宙人美女に出会い、彼女を消滅させるための装置まで手に入れます。ニックが拳銃を振り回し、顔を殴られ、死神のような男たちに追われる中で、すべての依頼が「死」という一つの出口に向かって収束していきます。
ニックは自分が癌に侵されているという事実に直面するように、じわじわと「レディ=デス」の影に追い詰められます。セリーヌも、宇宙人も、赤い雀も、ニックをあの世へ誘うための幻覚だったのか、あるいは現実だったのか。混沌とした状況の中、ニックは最後の依頼主であるレディ=デスの正体が、自分自身の寿命そのものであることを悟ります。
最後、ニックはついに「赤い雀」と対峙します。それは救済の象徴などではなく、すべてを無に帰す虚無の象徴でした。ニックは赤い雀に飲み込まれ、事務所の電話が鳴り続ける中、世界はぷつりと途切れるように終わります。




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