始めに
村上龍『昭和歌謡大全集』解説あらすじを書いていきます。
語りの構造、背景知識
異質物語世界の語り手。アウトサイダーアート。セリーヌ、中上健次
この作品は、異質物語世界の語り手が導入されています。そしてネグレクトされた二人の少年キクとハシが焦点化されます。
村上龍はニューシネマや、セリーヌ(『夜の果てへの旅』)、中上健次(『岬』『枯木灘』)などシュルレアリスムと隣接する作家からの影響が顕著ですが、アウトサイダーアート、カウンターカルチャーであるシュルレアリスムの流れを汲んでいます。
シュルレアリスムの祖アンドレ=ブルトンは、ブルジョワ社会に対するアンチテーゼとして実際の犯罪者に着目しました。三島由紀夫『金閣寺』や、そのフォロワーで永山則夫という少年犯罪者に惹かれた中上健次など、シュルレアリスムの方面で実際の犯罪者に着目するモードがあります。
本作でもマイノリティである主人公たちが、ドゥルーズいうところの「戦争機械」として、法やシステム、権力といったものに対するアンチテーゼ、異議申しだてをするという内容になっています。
戦争機械
ドゥルーズは哲学者というよりはまあ思想家で、中上健次やその盟友柄谷行人への影響が顕著で、龍の作品テーマとも共通性が見出せます。
ドゥルーズは「戦争機械」という概念を打ち立てました。これはざっくりいうと、国家やシステムの中心化を妨げるようなメカニズム、ネットワークで、ポストコロニアル批評、文学に示唆を与えました。中上健次が自身の出生も相まって部落のコミュニティや韓国、朝鮮を描いたのもそうですが、国家や帝国の矛盾や不正義を暴き、中心化を妨げる存在に焦点を当てるアプローチは、アナール学派のような心性史的な歴史学の潮流の動向と相まって、ポストコロニアル文学、批評に影響しました。中上健次に影響した網野善彦の「聖/俗」(デュルケーム由来ですが)「無縁」概念、大江健三郎に影響した山口昌男の「中心/周辺」概念などが典型的です。
本作における主人公の青年たちは、日本にあってその退廃を糾弾し、中心化を妨げるような存在として描かれます。
しらけ世代
村上龍はしらけ世代の作家です。
しらけ世代は、1960年代における日本の学生運動が鎮火したのちの、政治的に無関心な世代のこととされます。1980年代に青年期になり、世相などに関心がなく、冷めた世代のことをこのように呼びます。
この世代の傾向として、全共闘世代へのコンプレックスや憧れ、冷笑などが見え、それはしばしば作品のモチーフになります。
本作に描かれるのは、世代間の闘争です。昭和歌謡が好きなイシハラら青年たちのグループと、同じミドリという名前から集まったオバサングループのミドリ会の壮絶な復讐と殺し合いを描く物語になっています。
クーデターと闘争
主人公たちは、三島由紀夫やその作品(『英霊の聲』『奔馬』)の登場人物にも似た革命家でもあります。
三島由紀夫が文化的、政治的なアメリカへの隷属に争い、T.S.エリオット的な新古典主義者の立場から日本という伝統を庇護するべくクーデターを起こしたのに対し、本作の主人公のクーデターはもっと衝動的で個人的な欲求に基づくものです。
物語のラストで、殺し合いの果てに、青年たちのグループはオバサンたちの住む街調布市に核攻撃をし、調布市を更地にしてしまいます。
孤独で鬱屈した青年たちの無軌道な復讐が、やがてシステムの秩序をも転覆します。
物語世界
あらすじ
イシハラ、ノブエら6人の若者は共通の話題も趣味もなく、なんとなく集まっては深夜にパーティを行い、そこで昭和の歌謡曲を歌うのを楽しみにしていました。
ある日、仲間の一人スギオカが路上で女性を殺害してしまいます。殺されたのはヤナギモトミドリという女性でした。彼女の仲間であるスズキミドリら5人のオバサンたちは同じミドリという名前からミドリ会というグループを作っていたのでした。仲間を殺されたミドリ会は現場に残された遺留品から犯人スギオカを特定し復讐します。
後日、スギオカが殺害された現場を見物していたイシハラはスガコという目撃者の女性から事件の一部始終とミドリ会の存在を知らされます。スギオカの復讐を誓う若者たちは金物店で拳銃トカレフを入手します。ここに若者とオバサンたちの殺し合いが始まります。
殺し合いの果てに、ノブエとイシハラだけが生き残ります。2人は喪失感と無力感から同性愛的になり、殺された仲間の顔や記憶が思いだされます。
やがて同性愛にも、思い出にも意味がないと悟り、おばさん達に復讐しよう、と決意します。二人は核兵器を作り、おばさん達が住む調布市をまっさらにするのでした。
イシハラは、仲間が死んで悲しいが、またすぐに出来る、そうすれはまカラオケパーティだってまた出来る、と思うのでした。




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