始めに
ホフマン『牡猫ムルの人生観』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ロマン主義
ホフマンはドイツロマン主義の作家です。
ルソー、スウィフト、スターン、スモレット、ゲーテ、ジャン=パウル、シラーの影響が大きく、そのロマン主義と幻想文学を形成します。本作は特にスターン『トリストラム・シャンディ』と重なる内容です。
また、後にはティーク、ブレンターノ、ノヴァーリス、ヴィルヘルム、カルデロンに影響されます。
音楽の素養もあり、『牡猫ムルの人生観』のリスコフのモデルポドビエルスキーから、少年期に指導を受けています。
ロマン主義のパロディ
クライスラーとは対照的に、牡猫ムルはブルジョワ的な自己満足と虚栄心を持ち合わせています。それによって、本作はゲーテ的な人格完成の修養によるロマン主義のパロディとしての様相を帯びています。
ムルの人生は、ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスター』で示された、経験による主体の成長のパロディとして、教育が一知的かつ精神的な強靭さへと昇華していく過程として、その俗な精神が肥大化していくさまをコミカルに描かれます。
ピカレスク
本作はピカレスクのモードを踏まえる内容です。
ピカレスクはスペインの文学ジャンルで、特徴としては自伝的な記述の一人称で書かれます。社会的地位が低いアウトローの主人公が機転を利かせて立ち回る、小エピソード集の形式です。平易な言葉やリアリズム、風刺などがしばしば見えます。「悪漢小説」と訳されるものの、ピカレスクの主人公が重大な犯罪を犯すことは少なく、むしろ世間の慣習や偽善に拘束されない正義を持ったアウトローとして描かれやすいです。主人公は性格の変化、成長はあまりしません。
この小説は、このロマン主義的形式を引き継ぐ、架空の編集者(ホフマン)の語りから始まります。小説の中で作者をテキストの編集者として提示するという作者の文学的手法はスターンの『 感傷旅行』やブレンターノの”Godwi oder Das steinerne Bild der Mutter”などがすでにあります。
しゃべる猫。寓話
人間のように話し、行動する猫ムルを主人公とする物語で、ホフマンはイソップ物語や中世の羊飼い物語からラ・フォンテーヌの寓話などの伝統を継承します。
ムル自身は童話の登場人物「長靴をはいた猫」を自身の文学的先祖と呼んでいて、これはルートヴィヒ=ティークの同名の戯曲やグリム兄弟の1812年出版の「長靴をはいた猫」で同時代の人々に親しまれていました。ゴットフリート=ケラーにも『猫のシュピーゲル』というしゃべる猫の話があります。
また「猫のムル」のモデルはホフマン自身の同名の猫です。 1821 年 11 月 30 日、ムルが亡くなったとき、ホフマンはその死亡通知を書いています。
物語世界
あらすじ
人語を解する猫ムルの回想録と、架空の音楽家クライスラーの伝記とを取り混ぜて構成します。
冒頭ではE.T.A.ホフマンがムルの著作の「編集者」として、この著作の構成について説明します。教養ある猫ムルは自身の人生観を書き連ねる際、主人の蔵書からクライスラーの伝記を引っ張り出して勝手に引きちぎり、下敷きや吸い取り紙として使ってしまっていたため、原稿を印刷する際、印刷者がムルの原稿とクライスラーの伝記とを混ぜてしまったのでした。そのためムルの回想録には、クライスラーの伝記が挟まってしまっています。ヨハンネス=クライスラーの伝記部分は、おおむねE.T.A.ホフマン自身の伝記と重なります。
ムルの記述とクライスラーの伝記はときどき重なり、クライスラーの恋愛事件とムルの恋愛など対応する事件があります。




コメント