始めに
始めに
今日は大江健三郎『憂い顔の童子』について解説、ネタバレを書いていきます。
語りの構造、背景知識
異質物語世界の語り手、長江古義人への主たる焦点化
本作品は、『取り替え子』『さようなら、私の本よ!』と三部作をなしており、これはその二作目に当たります。
三部作では一貫して語り手は異質物語世界の語りで、もっぱら作者の分身たる長江古義人に焦点化が図られます。モダニズムの枠ではジョイス『ユリシーズ』や川端康成『眠れる美女』『みづうみ』と近いデザインで、異質物語世界の語りを設定しつつ視点人物の意識の流れも描いていきます。
三部作の構造
おかしな二人三部作は義兄の自殺後の老作家を主人公にするシリーズです。
自殺の心的外傷をめぐる三部作と言う点で村上春樹『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』を思わせるシリーズですが、『取り替え子』では義兄の死が、『さようなら、私の本よ!』では老作家としての今後のあり方が描かれます。
二作目に当たる本作品は、自分のルーツである故郷と母のことが綴られ、三作目の心境へと繋がります。
ドン・キホーテのパロディ、伊丹十三という存在
本作品はセルバンテス『ドン=キホーテ』のパロディになっています。そもそも、この三部作は伊丹十三の自殺がテーマになっているのですが、伊丹十三という存在は大江健三郎にとって憧れの人物であり、それこそドン=キホーテのような道化的トリックスターであり続けました。
『日常生活の冒険』は、伊丹の自殺前の作品ですが、そこでも伊丹がモデルのキャラクターの自殺が描かれます。繊細で脆いところがありつつ、ポップスターとしてカリスマ性を発揮した伊丹十三は、RE:4のルイスのような感じで、大江健三郎にとっては悲劇の英雄でした。
キリストやロキの虐げられるような悲劇的イメージと、トリックスターとしてのイメージを併せ持つ存在として、伊丹を捉え続けました。
そんな大江健三郎ですが本作では作家の分身たる古義人自身がドン・キホーテに準えられます。世を憂いる老人となった古義人の闘争が見どころです。
母と童子の神話
タイトルになっている童子とは、古義人の故郷の村が混乱に陥ると現れ、調和をもたらす神話的な存在です。古義人が母から聞かされた物語になっていて、これについての作品を書こうとする古義人が描かれます。母への思慕を巡り、創作のプロセス自体を小説にする、という構造において谷崎『吉野葛』を思わせます。幼い頃、自分の命を救ってくれたのが誰だったのか、最後に古義人は思い出します。
またタイトル「憂い顔の童子」とは、さまざまな人物の象徴として解釈できます。古義人、吾良、古義人の母などです。古義人の母の英雄としての活躍は、『響きと怒り』のキャディを思わせます。
また『M/Tと森のフシギの物語』のリメイクめいた内容です。
中心と周縁、道化の文化
たとえば中上健次が自身の出生も相まって部落のコミュニティや韓国、朝鮮を描いた背景とも共通しますが、本作の背景にあるのはオンタイムの社会学、歴史学の動向です。
国家や帝国の矛盾や不正義を暴き、中心化を妨げる存在に焦点を当てるアプローチは、アナール学派のような心性史的な歴史学の潮流の動向と相まって、ポストコロニアル文学、批評に影響しました。中上健次に影響した網野善彦の「聖/俗」(デュルケーム由来ですが)「無縁」概念、大江健三郎に影響した山口昌男の「中心/周縁」概念などが典型的です。
山口昌男は「中心/周縁」と政治的世界を捉え、中心的な世界と周縁的な世界の相互作用のなかで政治のダイナミズムをとらえ、周縁的な世界が中心世界にもたらす文化的多様性に着目しました。
本作における故郷の村は世俗の中心の秩序の周縁的なトポスであり、中心の秩序の転覆の契機となっています。さまざまなネーションの歴史が無秩序に流入する空間で、混沌とした世界になっています。ちょうど中上健次『千年の愉楽』に描かれる世界に似ています。
また山口はその一環で道化とトリックスターという存在に着目しました。山口は、日常的価値体系に組み込まれないものに対して「歴史性」のなかで、人はそれにネガティブなレッテルを貼って日常世界の「境界」に押しやって来たとしました。この日常的価値体系を逸脱していて、境界に追いやられたものをかつて代表していたものこそ、道化やトリックスターで、山口はその中心的秩序転覆的な、アナーキーな特徴に着目しました。
本作が描くのも、吾郎(伊丹十三)、童子というトリックスターと道化です。
童子という道化
童子という神話的トリックスターは『M/Tと森のフシギの物語』にも現れます。これは中心と周縁の間で緊張が起こると、円満な調和をもたらしてくれる座敷童のような存在です。これは山口昌男が道化という存在に着目し、秩序に混沌を齎し、文化的な祝祭空間を醸成する道化による文化の豊穣をたたえたのに由来します。
このような道化の大江健三郎にとっての代表者が伊丹十三で、大江にとって伊丹はずっと、天才肌で脆いドン=キホーテ的なトリックスターだったのでした。
物語世界
あらすじ
前作で老作家、長江古義人の妻の千樫はベルリンに行ってしまいます。老母が亡くなり、古義人は故郷の四国の森の谷間の村の「十畳敷」の土地を相続します。古義人は知的障害を持つ長男アカリ、アメリカ人の長江文学の研究者であるローズと共に故郷に帰ります。
古義人は伝承から「童子」の小説を書こうと考えています。「童子」とは古義人の故郷の村が危機に見舞われると解決に導く神話的存在です。「童子」の小説は母の話をもとにします。
古義人はかつてノーベル文学賞を受賞した際に贈られるはずだった文化勲章を辞退しており、そのことで右翼から批判され、保守的な土地柄の地元との折り合いが悪く、衝突を繰り返します。ローズはそんな古義人をドン・キホーテになぞらえます。取材活動のなかで知り合った「三島神社」の神官・真木彦もまた古義人に良い感情を持っていませんでした。
古義人の大学の黒野が古義人に接触してきます。古義人と黒野はかつて「若い日本の会」で60年安保反対の活動を共にしていました。彼と交流する中知り合った織田医師、麻井、津田、そして黒野らとともに古義人は「老いたるニホンの会」を結成し、パフォーマンスとしてデモを再現します。しかし真木彦らが扮する機動隊によって行進を妨害された古義人は頭を打って昏睡します。
昏睡状態の夢の中で古義人は少年時代に川にウグイの巣を見に行って溺れかけた記憶を思い出します。ウグイの巣のなかのウグイの目に「童子」が映っていて、それに魅入られているうちに頭が岩に挟まれます。そんな古義人を助けた存在、それは母親だったのでした。
参考文献
小谷野敦『江藤淳と大江健三郎』(筑摩書房)
・網野善彦『無縁・公界・楽』
・山口昌男『知の祝祭』




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