始めに
ゲーテ『ファウスト』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
古典主義とロマン主義
ゲーテという作家は、形式主義者という意味合いにおいて古典主義者であり、作家主義者であるという点でロマン主義者でした。
同時代のフリードリヒ=シュレーゲルはゲーテの『ヴィルヘルム=マイスターの修行時代』をシェイクスピア『ハムレット』への批評性に基づくものとして、高く評価しました。『ハムレット』という古典の形式をなぞりつつ、ゲーテという作家個人の主体性を発揮することで展開される翻案の意匠が『ヴィルヘルム=マイスターの修行時代』にはあります。
本作もファウスト伝説という古典の形式を踏まえつつ、作家の独自の意匠を展開しています。
ファウスト伝説という古典と作家主義
ファウストは実在したと呼ばれる錬金術師であり、マーロウ『フォースタス博士』などが本作の先駆けとしてあります。
ファウストは学者としての人生に退屈し、自殺を試みた後、悪魔に更なる知識とこの世のあらゆる喜びと知恵を得られる魔法の力を求め、悪魔の代理であるメフィストフェレスと取引します。メフィストフェレスはファウストに自身の魔力を与えるが、期限が切れるとき悪魔はファウストの魂を求め、結果ファウストは永遠に地獄に落ちる、という内容がファウスト伝説を扱う作品の概ね共通する枠組みです。
ダンテ『神曲』的な意匠
本作のファウスト伝説に対する脚色の特徴は、ダンテ『神曲』を強く踏まえる、永遠の淑女による魂の救済の物語になっている点です。
ダンテ『神曲』では、暗い森に迷い込んだダンテが、そこで詩人ウェルギリウスと出会い、その導きで地獄、煉獄、天国とを遍歴します。ウェルギリウスは、地獄の九圏を通りダンテを案内し、地球の中心部、魔王ルチーフェロの幽閉される領域まで至ります。そして、煉獄山にたどり着きます。ダンテは、煉獄山を登るにつれて罪が清められ、煉獄の山頂でウェルギリウスと別れます。そして、ダンテは、そこで再会した永遠の淑女ベアトリーチェの導きで天界へと昇天し、各遊星の天を巡って至高天へと昇りつめ、見神の域に達します。
『ファウスト』も同様に、異世界を遍歴しながらファウストが永遠に続いてほしい瞬間を発見し、魂が救済されるまでを描く物語になっています。
ラストは有名ですが、グレートヒェンの祈りによって、ファウストの魂は救済されます。
モデルのズザンナ
ズザンナ・マルガレータ・ブラントは、本作のグレートヒェンのモデルです。
彼女は居酒屋の客に睡眠薬入りのワインを飲まされて強姦され、妊娠して噂になり、やがて嬰児を出産するものの、桶で男児を殺害し、遺体を隠して逃亡しますが、フランクフルトに戻り逮捕され、死刑になります。
物語世界
あらすじ
第一部
学問や人生に幻滅したファウストは悪魔メフィストと出会い、死後の魂の服従を条件に、人生のあらゆる快楽などを体験させる契約を交わします。この瞬間よ止まれ、美しい、と言ったならば、メフィストに魂を捧げると約束をします。
薬で若返ったファウストは街娘グレートヒェンと恋をし、身籠らせます。邪魔な彼女の母親を毒殺、彼女の兄をも決闘の末に殺します。
そして魔女の祭典「ワルプルギスの夜」に参加して帰ってくると、赤子殺しの罪で彼女が処刑されます。
第二部
皇帝の下に仕えるファウストは、メフィストの助けを借りて国家の経済再建を果たします。
その後、絶世の美女ヘレネーを求めて、人造人間ホムンクルスやメフィスト達と共にギリシャ神話の世界へと旅立ちます。ファウストはヘレネーと結婚し、一男を儲けるものの、その息子はやがて死にます。このため現実に帰還します。
現実世界に帰って来たファウストは、皇帝を戦勝へと導き、広大な土地を授けられます。やがて海を埋め立てる大事業に乗り出します。
しかし四人の灰色の女「欠乏」「罪責」「憂い」「困窮」がファウストを訪れ、そのうちの一人である「憂い」によって両眼を失明させられ、死が迫ります。
そしてメフィストと手下の悪魔達が墓穴を掘る音を宮殿で耳にして、民衆の弛まぬ鋤鍬の音だと信じ込み、彼らの進歩とともに歩むことを夢想し、その幸福な瞬間についてこの瞬間が止まってほしいという想いを抱きながら死にます。
その魂は、メフィストフェレスの意に反して、かつての恋人グレートヒェンの祈りによって天使の助けを得て、救済されます。
参考文献
Safranski, Rüdiger. ”Goethe: Life as a Work of Art”
小田部胤久『西洋美学史』
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