始めに
チェーホフ『ワーニャ伯父さん』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
トルストイ流のリアリズム、メーテルリンク流のシンボリズム
チェーホフはトルストイ(『戦争と平和』『アンナ=カレーニナ』)流のリアリズム、メーテルリンク流のシンボリズムの影響が強いです。
よくジェイムズ=ジョイスと作風が似ているとも指摘されますが、ジョイスは『ダブリン市民』を著したとき、チェーホフは読んでいなかったといいます。ジョイスの場合、イプセン(『民衆の敵』『人形の家』)のリアリズム演劇や象徴主義の影響が強く、偶然似ている模様です。
ささやかな生活のデッサン
この作品では特に大きなプロットの起伏があるわけではありません。けれどもささやかな日常をペーソスとユーモアで包み、豊かな表現で物語が描写されています。
高齢の大学教授アレクサンドルの田舎の領地を舞台に、教授がこの領地を売ろうと提案することから起こる騒動を展開していきます。
大まかに物語の中心となるのはタイトルになっているワーニャ伯父さんとその姪であるソーニャです。この2人が抱える閉塞感が物語の中心です。
ワーニャ伯父さんは、アレクサンドル教授の学識を尊敬し、その領地の経営のために尽くしてきたものの、しだいに教授に幻滅し、また教授が領地を売りにだそうとしたことで深い怒りに駆られます。またワーニャは教授の若い妻のエレーナに惹かれるものの、相手にされず、彼女はアーストロフ医師と不倫の関係を結びます。
他方でソーニャは器量が悪く、アーストロフ医師に惹かれるものの、その恋は報われません。
元になった作品
この作品は1889年に書かれた『森の主』の改作です。
『森の主』においては領地の売却を知ったワーニャは自殺し、ソーニャは医師(『ワーニャ伯父さん』のアーストロフ)と相思相愛でした。しかし『ワーニャ伯父さん』ではワーニャは自殺に失敗し、器量に優れない設定になったソーニャも医師との恋愛が実りません。
ワーニャ伯父さんとソーニャが、同じ閉塞感を共有するキャラクターとして設定しなおされ、耐え難い日々に何とか耐えようとしていきます。
物語世界
あらすじ
第1幕
アレクサンドル教授の荘園の屋敷の庭。教授夫妻がこの領地に越してから、田舎の人たちは都会生活の長い教授夫妻に生活のリズムを狂わされます。ワーニャとアーストロフ、マリーナが庭で茶を飲みながら話をしていて、アーストロフとワーニャは教授の美しい後妻、エレーナに心を奪われます。
やがてソーニャとエレーナ、マリヤがやってきます。ワーニャはかつて尊敬していた教授の人格に幻滅し、教授につっかかります。母のマリヤにたしなめられても、改めません。
アーストロフは森林保護の必要性を語るものの、ソーニャだけが熱心に聞きます。ワーニャはエレーナに言い寄るものの相手にされません。
第2幕
夜の食堂。エレーナやソーニャ、ワーニャが教授の面倒を見ています。愚痴ばかりの教授をマリーナとソーニャが寝室へ連れていき、残ったワーニャはエレーナに言い寄るものの相手にされません。
エレーナの去った後、アーストロフが現れ、ワーニャと話します。ソーニャが現れて酒を飲み過ぎる二人をたしなめます。ソーニャはアーストロフの心のうちを探ろうとするものの、かわされます。
一人残ったソーニャの元にエレーナが現れます。打ち解けて二人は話し合います。
第3幕
昼時の客間。ワーニャとエレーナとソーニャが話をしてますが、ワーニャはエレーナにつれなくされ、部屋を出ます。ソーニャはエレーナにアーストロフへの思いを打ち明け、エレーナは自分が彼の気持ちを訊くと話します。
ソーニャに呼ばれてアーストロフが来ると、エレーナはソーニャの気持ちを伝えます。アーストロフはソーニャへの異性としての愛を否定するものの、エレーナが自分の気持ちを知っているはずと思う彼は、エレーナを「ずるい」と詰ります。アーストロフの求めるままキスをすると、バラの花束を持ったワーニャが現れ、エレーナはアーストロフを突き放します。
教授によって客間に一同が集められます。ソーニャはエレーナから自分の恋が実らなかったことを聞かされます。教授はこの領地を売り払い、それを有価証券に振り替えてフィンランドに別荘を買うことを提案します。ワーニャはこれを、自分とソーニャを蔑ろにするものと見て怒り、教授を非難します。母マリヤに諌められるものの、ワーニャは激怒して部屋を出ます。
教授はソーニャとエレーナに懇願されてワーニャと和解しようと追いかけます。部屋に残ったマリーナはソーニャを慰めるものの、ピストルの銃声がします。客間に逃げ込んできた教授を追ってワーニャはまあピストルを撃つものの、弾は外れます。ワーニャはピストルを床に捨てて椅子にへたれこみます。
第4幕
ワーニャの部屋。教授が提案を撤回し、妻とハリコフへ移住することになりました。テレーギンはワーニャに自殺されないようにピストルを隠しておいたことを報告します。
アーストロフとワーニャがやってきます。アーストロフは薬箱からモルヒネの瓶がなくなっているのに気づき、ワーニャに返すよう求めます。ワーニャは盗んだのを否定するものの、部屋に入ってきたソーニャに言われて、薬瓶をアーストロフに返します。
ワーニャはエレーナとソーニャに言われて教授と話します。エレーナとアーストロフが残り、アーストロフは頬にキスします。エレーナは誰もいないのを確認すると、アーストロフを抱き締め、すぐに離れます。
教授とワーニャが入ってきて互いに和解の言葉を述べます。やがて教授夫妻はハリコフへと去ます。アーストロフも自宅へ帰ります。
残ったワーニャとソーニャは仕事に取り掛かります。苦悩を伝える訴えるワーニャに、ソーニャは生きていかなくてはいけないと話します。
参考文献
・アンリ=トロワイヤ 村上香住子訳『チェーホフ伝』(中央公論社.1992)




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