始めに
チェホフ「かもめ」解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
トルストイ流のリアリズム、メーテルリンク流のシンボリズム
チェーホフはトルストイ(『戦争と平和』『アンナ=カレーニナ』)流のリアリズム、メーテルリンク流のシンボリズムの影響が強いです。
よくジェイムズ=ジョイスと作風が似ているとも指摘されますが、ジョイスは『ダブリン市民』を著したとき、チェーホフは読んでいなかったといいます。ジョイスの場合、イプセン(『民衆の敵』『人形の家』)のリアリズム演劇や象徴主義の影響が強く、偶然似ている模様です。
かもめ
物語は有名な中流階級の物語作家ボリス・トリゴーリン、純真なニーナ、落ち目の女優イリーナ・アルカージナ、その息子で象徴主義の劇作家コンスタンチン・トレープレフ(コスチャ)を中心としています。
タイトルになっている「かもめ」は、主人公であるコスチャとニーナを象徴するものになっています。
ニーナのもとに銃を持ったコスチャが現れ、撃ったかもめをニーナの足元に捧げ、今に自分はこんなふうに自分を撃ち殺すと告げる場面があります。実際、最終的には作家としての理想への行き詰まりやニーナの苦境を目の当たりにして、コスチャは自殺します。
また、コスチャを離れてトリゴーリンと一緒になったものの、捨てられてしまって落ちぶれてしまっています。そんな自分をきままに暮らしていたものの、あるとき不意に捕らえられて破滅するかもめと重ねています。
他方で、かつて高きへと羽ばたかんと夢見て墜落したかもめであるニーナは、それでも耐え忍ぶことの重要性を悟り、自分の使命を信じる強かな生命力を持っています。
それとは対照的に、作家としてある程度の成功を収めたものの、自分の表現の停滞に幻滅し、もはや何も信じられることがなくなって自殺してしまうコスチャが描かれます。
ささやかな日常デッサン
この作品では特に大きなプロットの起伏があるわけではありません。けれどもささやかな日常をペーソスとユーモアで包み、豊かな表現で時代の変化が描写されています。
本作ではロシア社会にもフランス革命以降の自由主義やブルジョワジー中心化の傾向が押し寄せてきていて、ブルジョアとしての自己実現のポテンシャルが広まりつつあることが背景にあります。
そんな時代にニーナは名声と富を夢見て作家の妻となり女優を目指すものの、挫折を味わいます。
他方でコスチャは、ブルジョワジーとして社会的にある程度は成功したものの、表現者としての自分の理想を追求することに挫折と限界を感じ、自殺します。
モデル
主要な登場人物の一人であるニーナにはモデルがあり、妹のマリヤの友人のリジヤ・ミジーノワがモデルです。チェーホフに恋したがかなわず、チェーホフ家で出会った別の妻子ある作家、イグナーチイ・ポターペンコと駆け落ちします。娘を得るもののポターペンコに捨てられ、まもなくその娘にも死なれてしまいます。
そうした展開はニーナとほとんど同じ軌跡を辿っています。
物語世界
あらすじ
第一幕
ソーリンの湖畔の領地、湖に面した屋外に急設された舞台の前。アルカージナが愛人のトリゴーリンとともに久しぶりに滞在しています。コスチャは恋人のニーナを主役にする劇を準備しています。
メドヴェージェンコがマーシャに言い寄るものの、マーシャは相手にしません。コスチャはソーリンに母への鬱屈した思いや芸術の革新の必要性について語ります。
両親の監視から抜け出してきたニーナが到着し、コスチャはニーナにキスします。ポリーナとドールンが連れ立って現れます。ポリーナはドールンに色目を使うがドールンは相手にしません。さらにアルカージナやトリゴーリンなども現れ、観客が集まります。
月も顔を出し、コスチャの劇が始まります。
しかしアルカージナはコスチャの芝居の趣向を揶揄します。嘲笑にコスチャは怒って芝居を中断し、姿を消してしまいます。ニーナは芝居が中断したのを確認すると一同の前に現れます。一同はニーナを喝采で迎え、アルカージナはぜひとも女優になるべきだと言って、トリゴーリンに引き合わせます。
やがて一同が去り、ドールンが一人残っているところにコスチャが来ます。ドールンはコスチャの劇を評価して励まし、涙ぐむコスチャですが、ニーナが家に帰ったことを聞かされて気落ちします。
コスチャを探していたマーシャが現れて家に帰るよう言われるものの、コスチャは邪険にして去ります。マーシャはドールンにコスチャを愛していることを話します。
第2幕
アルカージナ、ドールン、マーシャが話しています。厳しい両親が旅行に出ているニーナがソーリンとやってきます。アルカージナは外出用の馬車をめぐって支配人のシャムラーエフと喧嘩し、アルカージナは泣き出してモスクワへ帰ると言います。ポリーナはまたドールンに言い寄ります。
一人になったニーナのもとに銃を持ったコスチャが現れ、撃ったかもめをニーナの足元に捧げます。そして今に自分はこんなふうに自分を撃ち殺すと話します。コスチャは芝居の失敗の後に心変わりしたニーナを批判しますが、ニーナは突き放します。トリゴーリンが現れ、コスチャは立ち去ります。
ニーナは名声への憧れをトリゴーリンに語ります。しかしトリゴーリンは作家として生きることの苦悩を語ります。
トリゴーリンはふと撃ち落とされたかもめを目にして、短編の題材を思いつき手帳に書きます。湖のほとりに若い娘がかもめのように自由で幸せに暮らしているものの、ふとやってきた男が退屈まぎれに、その娘を破滅させてしまうという内容です。
アルカージナが現れ、モスクワへの出立を取りやめたことを告げます。
第3幕
ソーリン家の食堂、昼前。コスチャは自殺未遂をした後、トリゴーリンに決闘を申し込みます。アルカージナはニーナとトリゴーリンを引き離そうと、トリゴーリンとモスクワへ帰ることを考えます。
食事をするトリゴーリンに、マーシャがメドヴェージェンコと結婚することにしたと話します。
トリゴーリンに、ニーナがロケットを贈ります。ロケットには彼の著作のタイトルとページ数、行数があります。トリゴーリンは書棚に自分の本を探します。
コスチャはアルカージナと話していますが、話題がトリゴーリンのことに移ると口論になります。アルカージナはコスチャに決闘は思いとどまるよう言います。
トリゴーリンは本の該当の場所を探し当てます。「もしいつか私の命が必要になったら、いつでも差し上げます。」、とそこにあるのでした。トリゴーリンは滞在を引き延ばそうとするものの、アルカージナはその日のうちに発たせます。
モスクワに発とうとするトリゴーリンに、ニーナは自分もモスクワに出て女優になることを告げます。トリゴーリンは自分のモスクワでの連絡先を教え、二人は長いキスを交わします。
第4幕
2年後。コスチャは作品が首都の雑誌に掲載され、注目されています。
メドヴェージェンコがマーシャに家へ帰って赤ん坊の面倒を見なければ、とさとすがマーシャは相手にしません。ポリーナは今もコスチャへの思いを捨て切れずにいる娘を不憫に思いますが、コスチャの機嫌を損ね、マーシャも苛立ちます。
コスチャはドールンに尋ねられ、ニーナのその後を話します。ニーナはトリゴーリンと一緒になり子供を授かるも、トリゴーリンに捨てられ、子供も亡くなったそうです。女優としても失敗し、地方を巡業しています。
ソーリンの容体が悪くなったために呼び寄せられたアルカージナがトリゴーリンとともに訪ねてきます。ソーリンはやや回復し、一同はロトをします。シャムラーエフがトリゴーリンにコスチャが撃ったかもめを剥製にするよう頼まれていたことを話題にします。トリゴーリンはしかし、覚えていません。
やがて一同は食事のために部屋を出ますが、コスチャは一人残って仕事を続けます。新しい形式を追求していたコスチャは、今では自分が教条主義に陥っていることを悟ります。問題は形式ではなく、魂から自由に書くことだと話します。
そこへ巡業で近くまで来ていたニーナがやってきます。ニーナは何度も「私はかもめ」と繰り返し、トリゴーリンとのいきさつをほ仄めかし、その度に「私は女優」と言い直します。大切なのは耐え忍ぶこと、信じること、使命を果たすことと、語ります。
一方、コスチャは今も信じるものを見つけられません。
コスチャは何か食べさせようとするものの、その申し出を断り、2年前の失敗した芝居のセリフをそらんじてみせると、ニーナはコスチャを抱き締め、外へ駈けていきます。
コスチャはやがて、自分の原稿を尽く引き裂き、部屋を出ます。
食事を終えた一同が部屋に戻るとシャムラーエフが完成したかもめの剥製を見せるものの、トリゴーリンは思い出せません。
やがて外で一発の銃声がします。調べにいって戻ってきたドールンは、トリゴーリンに小声でコンスタンチン・トレープレフが自分自身を撃ったと告げます。
参考文献
・アンリ=トロワイヤ 村上香住子訳『チェーホフ伝』(中央公論社.1992)




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