始めに
川端康成『抒情歌』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ドストエフスキー流の心理リアリズム、モダニズム(ジョイス、横光利一)、少女小説(内藤千代子)
川端康成が好んだ作家はまずドストエフスキーなどの心理リアリズム作家で、サリンジャー(『ライ麦畑でつかまえて』)にも似た理想主義的な少女の表象はまずドストエフスキー(『地下室の手記』『虐げられた人々』)の影響を伺わせます。本作も印象的な女性の一人称で語られる物語です。
また内藤千代子の少女小説風の少女の表象が川端の特徴です。
伊藤初代への失恋
『抒情歌』の作品成立には初恋の少女・伊藤初代との失恋があります。
伊藤初代は東京府東京市本郷区本郷元町2丁目の壱岐坂のカフェ・エランで女給をしていた少女で、1921年10月8日に川端と婚約したものの、婚約破棄の手紙を川端は受け取り、初代は川端の前から姿を消し、新たに勤めたカフェ・アメリカの支配人の中林忠蔵と結ばれます。
まあ、身も蓋もないことをいうと世間知らずのボンボンが水商売の女性に入れ込んでゴリ押ししたけど、結局躱されてしまった感じですが、この失恋は川端の人生と作品に大きな影響を与えました。
本作は語り手は「私」という女性ですが、彼女の失恋とスピリチュアルへの傾倒を描く内容です。最終的に草木に転生したく思い動物や自然への愛着を抱くようになる語り手を描きますが、川端が失恋ののちにペットにはまったのを連想します。
モダニズムと輪廻
T=S=エリオット『荒地』の下敷きとなった文化人類学者フレイザー『金枝篇』が、ネミの森の王殺しの儀式の伝統に対して、自然の象徴である森の王が衰弱する前に殺すことで、自然の輪廻と転生のサイクルを維持するためだという解釈を与えています。ここから以降のモダニズム文学に輪廻や転生のモチーフが現れるようになりました。
たとえばサリンジャー『ナイン=ストーリーズ』などにもその影響が伺えます。中上健次『千年の愉楽』、三島『豊饒の海』シリーズ(1.2.3.4)、押井守監督『スカイ・クロラ』などにも、モダニズムの余波としての転生モチーフが見えます。
川端も『水晶幻想』や本作で輪廻転生のモチーフがあって、モダニズム文脈や王朝文学への関心などが手伝っています。
神智学
幼少から霊感の強かった(と自分や周囲が話している)川端は、今東光の父親から聞いた神智学に興味を持ち、カミーユ・フラマリオンやオリバー・ロッジなどを読みました。
神智学はイェイツへの影響などが知られ、モダニズム文学にも影響が大きな近代スピリチュアルです。
本作も神秘的な世界を描き、主人公の「私」は霊感があります。
物語世界
あらすじ
「私」は、幼少の頃、詠われるかるたの札を次々と手に取り当て、周りの大人たちから「神童」と呼ばれました。透視能力や予知能力も年頃になると衰えますが、それでも弟の危機を霊感で救ったこともありました。
「私」は夢の中、夾竹桃の花ざかりの海岸の小路で行き会った1人の青年に恋をし、その数年後、初めて訪れた温泉場の小路の夢と同じ風景の中、その青年の「あなた」と出会います。それから「私」と「あなた」の間には魂の共鳴があり、愛し合い暮らしはじめます。
ある日「私」は母親の死を直感し帰省します。葬儀の後「私」は父親から「あなた」との結婚を許され、実家に滞在します。しかし「あなた」は友人の綾子と結婚します。「私」は2人の新婚旅行の初夜の同時刻、香水の匂いを霊能力で意識します。4年前の出来事で、それ以来「私」の透視能力も霊感も消え、その後「あなた」が死んだことも察知できませんでした。
トラウマから「私」は古今東西の経典や仏法、霊媒の話を読みあさります。「私」は輪廻転生を、人間が作った一番美しい愛の抒情詩だと思いつつ、昔の聖者も今の心霊学者も人間の霊魂だけを尊び、動物や植物を蔑んでいるように感じます。人間は自身と自然界の万物とを区別する方向に進み、そのひとりよがりの空しい歩みが、人間の「魂」を寂しくしているのではないかと「私」は考えます。
「私」は万物流転を唱えたレイモンド・ロッジの「香のおとぎ話」も、「科学思想の象徴の歌」であり、物質が不滅ならば「魂の力」だけ滅ぶのは矛盾と考えました。
そして「私」は「魂」という言葉を、「天地万物を流れる力の一つの形容詞」と感じ、動物を蔑む因果応報の教えを、「抒情詩のけがれ」と感じます。月桂樹に姿を変えたダプネーや、福寿草に生まれ変わったアドーニスのように、アネモネへの転生は朗らかな喜びのはずと「私」は思うのでした。
「あなた」に捨てられ、アネモネの花になってしまいたいと「私」は何度も思います。「私」は「輪廻転生の抒情詩」を読むうち、禽獣草木のうちに「あなた」や「私」を見つけ、次第に天地万物を愛する心を取戻します。
「あなた」の死を知った時、呪いで人を殺した生霊死霊の話を「私」は思い起こし、草花になりたいと思います。2人とも紅梅か夾竹桃の花に転生し、花粉を運ぶ胡蝶に結婚させてもらうことの方を美しく感じる「私」は、そうすれば悲しい人間の習わしで、死んだあなたにこう語りかけることもないのにとつぶやくのでした。
参考文献
小谷野敦『川端康成伝-双面の人』(2013.中央公論新社)



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