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石原慎太郎『わが人生の時の時』解説あらすじ

石原慎太郎
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始めに

 去年、石原慎太郎が亡くなりました。そこで、慎太郎を偲んで代表作『わが人生の時の時』のレビューを書いていきたいと思います。

語りの構造、背景知識

ラディゲ、コクトー、ヘミングウェイなどモダニズムの影響

 石原慎太郎はフランス文学や米文学からの影響が強く、特にラディゲ(『ドルジェル伯の舞踏会』肉体の悪魔』)、コクトー(『恐るべき子供たち』)のような古典主義者、ヘミングウェイ(『移動祝祭日』『日はまた昇る』)といったモダニズム、行動主義の作家からの影響が顕著です。

 本作品も、初期作品からモチーフとなるボートレース、釣りなどのスポーツが登場し、ヘミングウェイ(『日はまた昇る』)の影響を顕著に感じます。

ヘミングウェイ的身体的世界

 ヘミングウェイはスティーブ=クレイン(『赤色武勲章』)のシニカルな要素に影響を受けていて、短編にはそのようなニヒリズムが見えます。またH=ジェイムズ(『鳩の翼』『黄金の盃』)からも顕著な影響を受けていて、そのリアリズムや国際性、グランドツアーのモチーフが共通します。またマーク=トウェイン(『ハックルベリー・フィンの冒険』『王子と乞食』)の影響も顕著で、その超越主義、プラグマティズム的な発想にいきています。狩猟を好み、代表作『老人と海』でも自然との闘いを描きました。そしてジャーナリズムの影響で構築したハードボイルドと呼ばれる装飾を減らしたスタイルで端正な記述を徹底し、シャープな短編を多く手掛けたヘミングウェイでした。

 本作『わが人生の時の時』も、そのようなヘミングウェイの身体的世界の影響を受けた、シャープで瑞々しいリアリズムを展開します。そして海や自然の崇高さとのかかわりの中で、瑞々しい迫力のあるエピソードが綴られます。

ライバルは開高健、そして大江?

  石原慎太郎は当時、同時期に同世代で活躍した開高健、大江健三郎と並び称されました。けれども、開高健はともかくとして大江と石原では才能に圧倒的な違いがあります。相手が悪すぎる。日本文学史上、また世界文学史上最大の作家の一人である大江と、中堅流行作家の慎太郎では、流石に実力に開きがありすぎます。

 石原慎太郎という作家は、まあ例えるなら島田雅彦、高橋源一郎くらいの才能です。つまるところ、世に出て然るべき才能と学識、また運はあっても、作品の大半はオンタイムで廃れるような類の作品で、今読むと古びて感じられます。また似たようなジャンルでデビューした村上龍(『限りなく透明に近いブルー』)と比べても、才能として小粒です。

 けれども後期の作品になると味わいのある作品も石原の小説にも出てくるのですが、その中でも『わが人生の時の時』は特に秀でています。この水準の作品が一つでも書けるなら、表現者として胸を張っていいと思います。

タイトルはノーマン=メイラー『彼女の時の時』より

 タイトルはアメリカの行動主義作家、モダニズム作家ノーマン=メイラーの『彼女の時の時』よりとられています。これは女性の性交渉の時におけるエクスタシーの時間を示しています。それと似たような、石原の人生にとって最も重大な瞬間が本作には綴られています。

 およそ石原の分身たる等質物語世界の語り手によってさまざまなエピソードが語られるのですが、そのエピソードがどれも素晴らしい豊かさを持っています。怪談風のものもあり、M.R.ジェイムズや遠藤周作、小野不由美『残穢』を思わせる実録タッチの語り口で、ホラー好きにもたまりません。『弟』にも描かれる、裕次郎との思い出も綴られます。

 ヘミングウェイ『移動祝祭日』に匹敵する珠玉の短編集です。

慎太郎の強みとは

 私は慎太郎という作家の強みは、悪童であっても常識や批評眼はあり、また精神的にタフであることと思います。性格的には谷崎潤一郎(『異端者の悲しみ』)のような作家と近いでしょうか。例えば『三島由紀夫の日蝕』など、三島のパーソナリティ障害的傾向を知人としての立場から的確に言い当てています。根本的に慎太郎も谷崎もポジティブな快楽主義者であるのだと思います。

 本作品もそんな慎太郎の余裕が豊かな語り口として展開されていて、読ませるものがあります。村上龍の『69 sixty nine』『長崎オランダ村』といったピカレスクの佳品にも引けを取りません。

関連作品、関連おすすめ作品

・村上龍『69 sixty nine』『長崎オランダ村』:極上のピカレスク

参考文献

佐野眞一『誰も書けなかった石原慎太郎』(2009.講談社)

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