始めに
ドゥニ・ディドロ『運命論者ジャックとその主人』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ディドロの作家性
ディドロの思想の根底には、大陸合理論よりもイギリスの経験論が強く流れています。『百科全書』の知識の分類体系は、フランシス=ベーコンの構想をモデルにしています。人間の知識は経験から生まれるとするロックの感覚論は、ディドロの唯物論的な人間観の土台となりました。またシャフツベリ伯爵の『美と徳についての試論』を翻訳・翻案しており、道徳や美学に関する初期の思索に強い影響を受けました。
ディドロはリチャードソンの『パメラ』や『クラリッサ』に熱狂し、『リチャードソン礼賛』というエッセイをものしました。心理描写や道徳性において影響が見えます。またディドロの代表作『運命論者ジャックとその主人』は、スターンの『トリストラム・シャンディ』の影響を強く受けています。物語が脱線し続け、読者に語りかけるメタフィクションの手法をここから学びました。
ディドロは晩年になればなるほど、古代ローマの思想に回帰していきました。 晩年の『クロードとネロの治世についての試論』は、実質的にセネカの擁護論です。ホラティウス、テレンティウスからも影響が見えます。
ディドロはライプニッツの単子論を批判的に検討しつつも、そこから生命力や物質の活動性という概念を抽出し、自身の生命ある唯物論へと発展させました。
決定論
ジャックの口癖は「善いことも悪いことも、あらかじめ上の方に書かれている」というものです。これは、宇宙のすべての出来事は原因があって結果が生じるという決定論を象徴しています。しかし、ジャックは宿命を信じながらも、実際には誰よりも活動的に動き、決断し、困難を切り抜けようとします。論理的には宿命論が正しくても、人間は自由であるかのように振る舞わざるを得ないという人間の矛盾した、しかし愛すべき実存の姿を描いています。
もしすべてが上の方で決まっているなら、人間の善悪に責任はあるのか?という問いがあります。伝統的なキリスト教的な罪の概念を相対化しようとしました。人間の行動が環境や性質によって決まるのであれば、必要なのは罰よりも理解や教育である、という啓蒙主義的な視座が背景にあります。
階級批判
本作は社会的な階級制度に対する鋭い皮肉になっています。
題名ではジャックが先に来ています。実際、知恵があり、物語を動かし、決断を下すのは常にジャックです。主人はジャックが語る恋物語を聞くことなしには退屈で生きていけず、常に受動的な存在です。
物語世界
あらすじ
物語は、名前も目的地も明かされない主人と、その従者ジャックが馬に乗って旅をしている場面から始まります。退屈した主人は、ジャックにお前の過去の恋愛遍歴を聞かせろと命じます。ジャックは「すべては上の方(天)に書かれている通りになるのです」という持論を振りかざしながら、重い口を開き始めます。
ジャックが初恋の話を始めようとすると、必ず何かが起こります。馬が暴走する、道に迷う、賊に襲われそうになる、宿屋に到着するといった具合です。作者(ディドロ)が突然、「読者の皆さん、ここで私が二人を崖から突き落とすこともできますが」とメタ的な冗談を差し挟むこともあります。立ち寄った宿屋の女将が、ジャックの話を遮って別の長い痴情話を朗読し始めたりもします。ジャックの話は、数ページ進んでは数日間中断される、というサイクルを繰り返します。
旅の途中、二人は哲学的な議論を戦わせます。主人は人間は自由だと考えますが、ジャックはすべては宿命だと主張します。しかし、実際には主人はジャックがいないと何もできない依存状態にあり、ジャックの方が主導権を握っているという皮肉な主従関係が描かれます。
紆余曲折を経て、ジャックはついに意中の女性ドニーズとの再会を果たしそうになります。しかし、物語の終盤でジャックは刑務所に入れられてしまいます。ここで作者ディドロは、この話の結末についてはいくつかの異なる手稿から好きなものを選んでくださいと話します。そしてジャックが釈放されてドニーズと結ばれるハッピーエンドや、あるいは別の結末など、複数のパターンを提示して物語は唐突に幕を閉じます。




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