始めに
ノーマン・メイラー『裸者と死者』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
メイラーの作家性
ヘミングウェイは最も決定的な影響を与えた一人です。メイラーはヘミングウェイの行動する作家としてのペルソナや簡潔で力強い文体を継承しました。
メイラーのデビュー作『裸者と死者』は、ドス・パソスの代表作『U.S.A.』の影響を色濃く受けています。複数の登場人物の視点を切り替え、社会の全体像をパノラマ的に描く手法、ドキュメンタリー的要素の挿入などを学びました。
トルストイ『戦争と平和』における個人の運命と歴史の大きな流れをダイナミックに結びつける野心も受け継ぎます。
メイラーはプルーストの『失われた時を求めて』を深く称賛していました。またヘンリー=ミラーの性の極限的な描写や、社会的なタブーに挑戦する姿勢は重要な先駆者で、メイラーはミラーについての評論『天才と欲情』もものしています。この2人のモダニズムに感化されました。
彼は小説だけでなく、事実に虚構の手法を取り入れるニュー・ジャーナリズムの旗手でもありました。ほかに詩人であるE.E.カミングスの、既存の形式に捉われない自由な表現や反骨精神から影響があります。
戦争の狂気
メイラーはこの作品で、軍隊という組織を社会の縮図として描きました。特に象徴的なのが、カミングズ将軍というキャラクターです。カミングズは、人間を支配する側と支配される側に明確に分け、恐怖と抑圧こそが秩序を保つと信じています。自由主義を掲げるアメリカ軍の内部に、全体主義的な思想が潜んでいることを鋭く批判しました。
タイトルの『裸者と死者』が示す通り、極限状態における人間がいかに無力で、本能に左右される存在であるかを暴いています。 社会的地位や教養を剥ぎ取られた兵士たちは、ただ生存本能と性欲、恐怖に突き動かされる裸の存在となります。心理描写以上に、渇き、飢え、疲労、泥濘といった肉体の苦しみが、精神をいかに変容させるかが執拗に描かれています。
最後は偵察隊が命がけで山を越える過酷な任務を遂行しますが、実はその努力とは無関係なところで戦況が決まっていた、という結末が用意されています。多くの犠牲を払いながら、歴史の大きな流れの中では個人の死が何の意味も持たないという非情な現実を突きつけます。
語りの構造
メイラーは、登場人物たちの過去を振り返る「タイム・マシン」という手法を用いました。兵士たちが戦場で取る行動は、彼らがアメリカ社会でどのような階級に属し、どのような抑圧を受けて育ったかによって決定されているという、環境決定論的な視点があります。
労働者階級、ユダヤ系、南部の貧困層など、多様な背景を持つ男たちが一つの小隊に押し込められることで、アメリカ社会の矛盾が浮き彫りになります。
物語世界
あらすじ
第二次世界大戦中の南太平洋にある架空の島「アノポペイ島」を舞台にした物語です。
物語は、アメリカ軍が日本軍の占領下にあるアノポペイ島へ上陸する場面から始まります。島を指揮するカミングズ将軍は、冷徹なインテリで、恐怖こそが人間を支配する唯一の手段であるという自論を持つ人物です。一方、彼の補佐官であるハーン少尉は、裕福な家の出身でリベラルな理想主義者です。カミングズはハーンの反抗心をへし折るため、彼を最前線の偵察隊の指揮官として送り込みます。
ハーン少尉は個性豊かな兵士たちが集まる偵察隊を率いて、島の裏側へと向かう過酷な任務に就きます。目標は、島の険しい最高峰アナカ山を越え、日本軍の背後を偵察することです。
ここで実権を握るのは、冷酷非道で凄まじいサバイバル能力を持つクロフト軍曹です。兵士たちは、猛暑、飢え、疲労、そして日本軍の影に怯えながら、泥濘の中を進みます。
クロフトはハーンを疎ましく思い、彼を陥れる機会を伺います。結局、クロフトの狡猾な誘導によってハーンは日本軍の待ち伏せに遭い、命を落としてしまいます。
ハーンを失い、残された小隊は命からがら山を越えようとしますが、精神的にも肉体的にも限界に達し、結局任務を達成できずに撤退します。
しかし、彼らが命がけで山を彷徨っている間に、島では思いがけないことが起きていました。本隊では、カミングズ将軍が不在の間に、無能だと思われていた少佐が指揮を執り、意図せずして日本軍の防衛線を突破してしまいます。偵察隊が払った多大な犠牲や、カミングズが練り上げた緻密な戦略とは全く無関係なところで、戦争はなんとなく終わってしまったのでした。




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