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西村賢太『苦役列車』解説あらすじ

西村賢太
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始めに

西村賢太『苦役列車』解説あらすじを書いていきます。

語りの構造、背景知識

異質物語世界語り手、焦点化人物の北町貫多

 本作は作家の分身たる北町貫多に焦点化が置かれつつ、異質物語世界の語り手が設定されています。

 私小説においては花袋『蒲団』などと重なる語りの構造で、作家の分身たる視点人物の振る舞いを相対化しつつ描いています。

モダニズムと新古典主義

 モダニズム文学はT=S=エリオットの『荒地』などを皮切りに、フォークナー(『響きと怒り』)、ジョイス(『ユリシーズ』)、三島由紀夫(『奔馬』)、大江健三郎(『万延元年のフットボール』『取り替え子』)など、神話的象徴の手法を取り入れるようになりました。これは神話の象徴として特定の対象が描写され、新しい形で神話や特定の対象が発見される機知が喚起する想像力に着目するアプローチです。

 例えば『ユリシーズ』では冴えない中年の広告取りレオポルド=ブルームを中心に、ダブリンの1904年6月16日を様々な文体で描きます。タイトルの『ユリシーズ』はオデュッセウスに由来し、物語全体はホメロスの『オデュッセイア』の象徴になってます。テレマコスの象徴となるスティーブン=ディーダラス、オデュッセウスの象徴としてのレオポルド=ブルームのほか、さまざまな象徴が展開されます。

 このように神話という古典の解釈、翻案に見出される機知の喚起するエモーションに着目する象徴的手法がモダニズムの傾向となります。

 また、神話のみならず広く既存のテクストや古典を象徴、引用として解釈、翻案するのはモダニズムの一手法となっていきます。たとえば『ユリシーズ』は、シェイクスピア『ハムレット』の象徴としてキャラクターがデザインされ、主人公の一人であるスティーブンは、『ハムレット』のパロディとしてその物語が展開されています。スティーブンはジョイス自身がモデルですが、ジョイス自身も父との関係に悩み、それゆえ叔父殺しをけしかける父の亡霊に悩むハムレットを象徴として、スティーブンの物語が展開されます。

大江『静かな生活』が持つ、本作との共通コンセプト

 西村賢太同様に、こうしたモダニズムを継承する作家に大江健三郎がいます。大江健三郎特有の、過去のアートワールドの中のテクストや、歴史的出来事を自己物語との関連の中で解釈しようとする手法は『取り替え子』『水死』『静かな生活』などに見えます。

 『静かな生活』ではストルガツキー兄弟が原作を手掛けた、アンドレイ=タルコフスキー監督『ストーカー』(ストルガツキー兄弟の原作も)に関して家族で論じ合う場面があります。『ストーカー』は原作と映画でやや趣が違い、映画の方が神学的主題が強いのですが、『静かな生活』はもっぱら映画の方を中心に取り上げています。『ストーカー』は預言者の物語として解釈されているのですが、主人公・マーちゃんは、兄・イーヨーを預言者のような存在と考えていて、そのある種「弟子」のような存在として、自己を構築しています。最終的にルイ=フェルデナン・セリーヌのテクスト(『リゴドン』)から自身の、一個の個人としての生き方を確立していきます。

 このように『静かな生活』は、既存のテクストを作者や主要人物の伝記的生、自己物語との関連性の中で解釈しようとしていくメソッドが伺えます。

本作『苦役列車』も、それと全く同様に、既存のテクストである藤澤清造や堀木克三(よしぞう)の著作を、作家や作家の分身の生との関連から読み解いていきます。

自然主義と私小説の系譜

 西村賢太という作家が着目し続けたのは、自然主義や私小説というジャンルの伝統にコミットする作家、作品でした。それは藤澤清造、田中英光、葛西善蔵、川崎長太郎、近松秋江(「黒髪」)などです。

 彼らのアウトサイダーとしての生のうちに、自身の孤独なアウトサイダーとしての生との共通性を見出し、それとの関係の中で既存の私小説、自然主義文学を解釈、翻案していきます。

 父の性犯罪に由来する対人関係の破綻や、性や酒に溺れる自堕落な生活、自身の性愛や酒の失敗、作家としてのあり方などと関連付けながら、私小説や自然主義の古典へのオマージュを展開していきます。特に近松秋江などを思わせる、洗練された文章で展開される流暢な艶笑コメディのスタイルが特徴です。

本音を申せば

 本作はキャリアを代表する作品ではなく、ポン=ジュノ監督『パラサイト』や、色川武大『離婚』などのような感じで、一人の完成された作家の、キャリアの中では平凡なクオリティの作品でありつつ、大きな賞を獲得した感じの内容で、以降の西村賢太の作品はマンネリに堕していきます。

 もう一編の「落ちぶれて袖に涙の降りかかる」も、すでに成功した作家が川端賞を落としたという贅沢な悩みを綴っていて、文学エリートの自慢にもほどがあります。

物語世界

あらすじ

苦役列車

 昭和後期。19歳の北町貫多は、日雇い労働で暮らしています。貫多が幼少のころ、彼の父親が性犯罪で家庭は崩壊します。両親の離婚、転校を繰り返すなかで、将来に絶望します。

 やがて中学校を卒業し、母親からむしり取った金を手に家を出て、港湾での荷役労働に従事します。給料は即座に酒代とソープランド代に消えていきます。

 そんなある日、港湾の仕事現場にアルバイトの専門学校生である日下部正二が現れます。スポーツで鍛えた肉体と人懐っこい笑顔を持つ日下部に、貫多は好感を持ち交流します。そして日下部に迫り女友達を紹介してもらうものの、酒に酔って暴言を吐きその場を壊し、日下部との関係も悪化します。

 さらに荷役労働先で上司の前野と喧嘩騒動を起こし会社から出入り禁止となります。そして貫多は別の荷役会社に移り、やがて藤澤清造の私小説と出会います。

落ちぶれて袖に涙の降りかかる

 40歳を迎えようとする貫多は小説家となっています。文芸誌に掲載された短編のうち2つの作品が、川端賞の候補となります。「川端賞が欲しい」という目標もできていました。

 持病の腰痛の診察の帰りに立ち寄った古本屋で川端康成の『みづうみ』の古書と、堀木克三『嘉村礒多の思い出』を見つけます。『嘉村礒多の思い出』を読みつつ小説家としての自分と堀木の晩年、自分の担当編集者とのやり取りを回想、「ものを書く人」のありかたについて考えます。

 そして川端賞の発表の日となるものの、電話はなることはなかったのでした。

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