はじめに
近松秋江「黒髪」解説あらすじを書いていきます。
語りの構造、背景知識
トルストイ風リアリズム、元禄文学、近松門左衛門
近松秋江は、後期自然主義を代表する作家で、正宗白鳥などは盟友でもあります。
日本の後期自然主義の作家は、前期自然主義の代表格の田山花袋(『蒲団』)が秀才タイプの書き手であって、文章のスタイルはやや荒削りなのと比べると、割合各々(白鳥、秋江、青果)スタイルとして洗練されている印象で、現代のリアリズム作家である車谷長吉や西村賢太も、そのあたりをリファレンスしている印象です。
近松秋江も文章が抜群に洗練されております。トルストイ(『クロイツェル=ソナタ』)や元禄文学(近松門左衛門)に学びつつ、端正な筆致で作品を展開していきます。
私小説
本作は花袋『蒲団』と並んで、自然主義の私小説の代表作です。
「黒髪」の三部作は『黒髪』(1922年)、『狂乱』(1922年)、『霜凍る宵』(1922年)からなり、京都の娼婦・金山太夫(前田志(じ)う)のことを描きます。数年の交情ののち姿を消し、秋江は南山城あたりを探し、志うが風邪から狂気に陥ったと知ったのでした。
本作は金山太夫との恋愛を背景に、彼女への執着を中心に展開されています。
自己戯画化?
近松秋江は、谷崎(『異端者の悲しみ』『痴人の愛』)、花袋(『蒲団』)の自己戯画化を試みる文学などとは少しテイストが変わっています。
近松秋江は別に本作を自己戯画化、相対化しつつ、自分の不適切な振る舞いを喜劇として描いているわけではありません。むしろ近松門左衛門などの元禄文学、トルストイ文学に擬えて、自身の社会的に許されないような執着的な恋愛を絶対的なものとして描いています。
近松秋江はおそらくは発達障害(ASDとADHD併発型)であり、正宗白鳥も早稲田文学における仕事を回顧し、純粋かつバイタリティや熱量もありつつ、仕事が極端にできない秋江に辟易しており、ADHDに顕著な多動、注意障害の症状を示しています。
近松秋江の私小説は狙っているわけではなくて、本人の発達傾向に由来して全体的に作者の分身たるキャラクターの性格などが人とずれており、それが傍からは喜劇とうつります。
秋江の魅力
近松の魅力はその文章力です。
発達傾向に由来して自分を相対化したりするのは苦手ですが、文章力は圧倒的です。思うに発達障害特有のこだわりの強さが文章や衣服などにおける美の追求プロセスにおいてプラスに働いていて、ADHD特有の多動や注意障害に由来する、しばしば脈絡のない饒舌さが、うまく口語的なリズムを帯びて洗練されていて、さながら泉鏡花や谷崎、里見弴などと重なります。
本作も、秋江の分身たる語り手の私は、女性への執着を綴り、話の構成としてはまとまりがやや悪いものの、語り口のリズムは極めて練度が高く、希求力があります。
物語世界
あらすじ
「私」は祇園で遊女をしているお園に送金をしていました。しかし女は突然姿を消します。
「私」はその行方を探し、居所をつきとめるものの、彼女の義母に妨げられて会うこともできません。ようやく会うことをえるものの、実は彼女にはすでに面倒を見る男がいました。彼女の背信により、悲嘆に暮れる私でした。
参考文献
・小谷野敦『近松秋江伝 情痴と報国の人』




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