始めに
志賀『和解』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
白樺派の理想主義とヒューマニズム
志賀直哉は白樺派の中心となった作家です。白樺派は、学習院の同人誌である白樺のグループの作家の名称で、傾向としては理想主義や人道主義を掲げて、そこから生田長江など自然主義の作家や評論家との論争がありました。
白樺派は有島武郎(『或る女』)、里見とん(『多情仏心』)の兄弟や武者小路実篤(『友情』)、長与善郎などの小説家の他にも詩人、歌人、画家もいて、作風の傾向もまちまちでした。とはいえこのグループではトルストイ(『戦争と平和』『アンナ=カレーニナ』)、ニーチェなどは広く共有され、トルストイ(『戦争と平和』『アンナ=カレーニナ』)のヒューマニズムからは志賀も影響が顕著です。
漱石のプラグマティズム。内村鑑三のヒューマニズム。
また志賀直哉は夏目漱石や内村鑑三から顕著な影響を受けました。
漱石はプラグマティズムという潮流から影響が見えましたが、本作もそれと通底する生の哲学が垣間見えます。
また内村鑑三の理想主義や生の哲学からの影響も伺えます。
教養小説、ロマン主義
本作はトルストイ(『戦争と平和』『アンナ=カレーニナ』)や、そのルーツとしてのゲーテ(『ファウスト』『若きウェルテルの悩み』)などをも思わせる、人格完成のプロセスを描く、教養小説になっています。
本作『和解』は『大津順吉』『或る男、其姉の死』と三部作を成すような内容で、父との確執と和解をこの中で描いています。
父との確執
志賀直哉は、父の直温が非常に権威的・家父長的であったことに反発し、若い頃から深刻な対立関係にありました。
1907年、東京帝大に在学していた直哉は志賀家の女中と深い仲になり、結婚を希望するが父から強い反対され、足尾銅山問題から険悪だった関係が決定的になります。
他にも志賀は文芸に進みたいのに対し、父は官僚的・実務的な道を望み、親子の意見が激しくぶつかりました。家督をめぐる価値観の違いも対立を深めました。
父との確執は1917年まで続き、志賀の文学の多くの作品の背景にあり、本作も同様です。
物語世界
あらすじ
主人公である大津順吉は父と不仲です。父は順吉と仲直りしようと京都を訪れるものの、順吉が「会いたくない」と突き放したことで父子の関係は決裂します。
順吉は育て親の祖母には会いたいのでたびたび実家を往来します。父も完全に拒絶するつもりはないらしく、顔を合わせた順吉に歩み寄りますが、順吉が突っぱねます。
父と子は再び決裂し、順吉は妻と実家を飛び出します。和解を願っていた義母(父の後妻)が引き留めますが、出ていってしまうのでした。
順吉と妻の間に長女が生まれます。父はまんざらでもない様子で、病院に来たり、出産費用を出してくれます。
祖母や義母は二人が和解してくれるよう望みますが、父は孫だけに会えるよう、祖母に頼んで赤ちゃんを実家に連れていきます。
そんなある日、長女が体調を崩します。カンフル剤を打ったり、芥子を貼ったり手を尽くしますが、亡くなります。
長女の供養のなか、父は頑なで、妻が赤ん坊のなきがらを麻布の実家へ連れて行くと怒鳴り、順吉も怒ります。
やがて順吉と妻は二人目の子どもを授かります。近くにM(武者小路実篤)が引っ越してきたのもあり、楽しく穏やかな日々を過ごします。次第に父への感情も落ち着きます。それだけでなく、今の自分が自分だけで調和的な気分になりかけているから、年をとっていく父の不幸な気分に同情をも持ちます。
Mと芝居を見に出かけた順吉は、そのとき実家に電話をかけてみます。義母が言うには、祖母のあごが外れてしまい高熱も出ているとのことです。
順吉は急いで麻布へ向かい、祖母を見舞います。そのときの様子から、祖母が高齢のために弱りはじめていることを実感します。
この日は父に追い出されるものの、祖母の様子を受けた順吉は和解の手紙を書こうとします。仲直りをし、老い先短い祖母の心配を取り除いてあげたいし、自分も楽になりたいものの、気持ちがまとまりません。
結局順吉は手紙を書くのをやめ、父と直接話し合おうとします。
実母の命日の墓参りついでに実家を訪れた順吉は、義母に念を押されながら父の部屋へ向かいます。
父の書斎に迎え入れられ、心情を吐露しはじめると自然に涙がこぼれます。
思いをぶつけるうちに父は泣き出し、順吉も泣き出します。
父子は和解を遂げます。その後父は順吉の住む家を訪れ、孫(次女)の顔を見たり、古い陶器や布、軸物の話をしたりするのでした。



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