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大江健三郎『キルプの軍団』解説あらすじ

大江健三郎
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始めに

今日は大江健三郎『キルプの軍団』について解説、あらすじを書いていきます。

語りの構造、背景知識

等質物語世界の語り手「僕」=オーちゃん

 この作品は等質物語世界の語り手オーちゃんを主たる焦点化人物とします。オーちゃんはオリエンテーリング部の高校生です。本作品はオーちゃんの成長を描く教養小説的な内容になっており、その点で『静かな生活』と重なります。

 刑事の忠叔父さんがディケンズを好んでいて、ディケンズ『骨董屋』の原書での読解を通じて、オーちゃんは英語を学んでいきます。忠叔父さんが大江健三郎の分身のような存在で、百恵という女優とその伴侶の映画監督の原さんを守ろうとしています。

 また百恵を主演とする、ディケンズ『骨董屋』が元ネタのドストエフスキー『虐げられた人々』を原案とする映画制作にオーちゃんが加わっていきます。『水死』『憂い顔の童子』などのように、創作のプロセスそれ自体をめぐる作品になっています。

タイトルの意味

 タイトルのキルプとは、ディケンズ『骨董屋』に登場する悪役です。醜いキルプはネルという少女に執着し、ネルの祖父の経営する骨董屋を取り上げて迫害し、放浪の中で死なせてしまいます。

 ネルと百恵、また原さんが重ねられることで、映画の創作を通じて性暴力を告発する『水死』と共通の構造となっています。

 作中の映画プロジェクトの原案たるドストエフスキー『虐げられた人々』は『骨董屋』の影響で書かれており、こちらはワルコフスキー伯爵という悪役がキルプのポジションで、私生児であるネリーという少女や、息子の恋人のナターシャを陰謀により虐げていきます。

創作プロセスを描く作品

 大江健三郎には『水死』(2009)もありますが、本作はあれと同様に創作のプロセスそれ自体を創作の対象とする作品になってます。とはいえ、あちらのほうが完成度がたかいです。

 本作では翻訳という作業や、翻案(『虐げられた人々』からの『骨董屋』)への着目を通じて、創作というプロセス自体に焦点が当てられていきます。

 大江がこのようなアプローチを取るとき意図するのは、フィクションを発表することによる現実への参画で、つまるところ小説の創作という言語行為のパフォーマティブな側面に着目するものです。作家は、創作を通じて、既存のアートの体系であるアートワードや社会にコミットメントし、自己のデザインを図る中で、自己実現や社会的責任の実践を展開します。

暴力の告発と原さんの加害性

 本作は創作を通じて加害を告発する『水死』『美しいアナベル=リイ』と共通の構造となっています。オーちゃんは『骨董屋』および、それにインスパイアされたドストエフスキーの『虐げられた人びと』から着想を得た映画を、百恵さんを主演として撮るプロジェクトに参加するようになり、百恵さんや原さんを虐げるキルプの軍団たちが糾弾されていきます

 また映画監督である原(伊丹十三)は、政治活動を引退し革命から醒めたときから、対抗党派に犯した罪に苛まされ悪夢をみていました。原さんは、過去に犯した罪と懸命に抗おうとしています。おそらくは、内ゲバや抗争の中で、他者の命を奪った可能性が示唆されます。

 目的のためにてめーだけの都合で他者を利用、搾取する新左翼は、『骨董屋』『虐げられた人びと』のキルプやワルコフスキー伯爵と、なんら変わりません原さんは罪悪感に苛まれつつも、自身を悪へと追いやるキルプの軍団としての過激派に抗います。

 また原(伊丹十三)の死を描く内容になっていて、『取り替え子』『憂い顔の童子』『さようなら、私の本よ!』を連想させます。『取り替え子』においては、伊丹十三の性被害が示唆されます。

 また伊丹の危うい加害性を描く作品としては『懐かしい年への手紙』『万延元年のフットボール』を連想させます。

物語世界

あらすじ

 オーちゃんと呼ばれている語り手「僕」はオリエンテーリング部の高校生です。父の故郷の松山で暴力犯係の刑事であるディケンズ好きの忠叔父さんが上京しているので、英語の勉強として叔父さんに学び、ディケンズの『骨董屋』を原書で読みます。

 忠叔父さんは、百恵という元サーカス団員の女性とその伴侶の映画監督・原さんを守ろうとしており、オーちゃんに百恵さんとの連絡係を依頼します。オーちゃんは『骨董屋』および、それにインスパイアされたドストエフスキーの『虐げられた人びと』から着想を得た映画を、百恵さんを主演として原さんらが撮るプロジェクトに参加するようになります。

 原さんは政治活動を引退し革命から醒めたときから、対抗党派に犯した罪に苛まされ悪夢をみていました。原さんは、過去に犯した罪と懸命に抗おうとしています。

 やがて原へ過激派への復帰を要請する動きに巻き込まれて、原が命を落とします。

 

関連作品、関連おすすめ作品

・ジャンリュック=ゴダール『ゴダールのリア王』、谷崎潤一郎『吉野葛』:創作のプロセスを主題とする作品。

参考文献

小谷野敦『江藤淳と大江健三郎』(筑摩書房)

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