始めに
H=ジェイムズ『大使たち』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
異質物語世界の語り手、複数の人物への焦点化
本作品は異質物語世界の語り手を設定し、ストレッサーに焦点化するデザインになっています。『黄金の盃』では焦点化されるのが二人、『鳩の翼』でも複数人なので対照的です。
集合行為における一個のアクターの視点から描く心理劇
本作品とコンセプトとして重なるのは漱石『こころ』やロブグリエ『嫉妬』、谷崎潤一郎『卍』『痴人の愛』、芥川『藪の中』、フォークナー『響きと怒り』、リンチ監督『ブルー=ベルベット』と言えます。集合行為における一部のアクターを語りの主体にしたり、または一部のアクターにしか焦点化をしないために、読者も登場人物と同様、作中の事実に不確かな認識しか得られるところがなく、限定的なリソースの中で解釈をはかっていくことしかできません。
本作は視点人物のストレッサーの視点から心理劇を観察することになるため、読者もストレッサーがパリやそこにおける人間関係に対する不確かな認識を共有します。
ロシアとフランスのリアリズムの影響。集合行為を追う物語
ヘンリー=ジェイムズという作家はツルゲーネフ(『父と子』『初恋』)を通じて知己を得たフローベール(『ボヴァリー夫人』『感情教育』)、ゾラ(『居酒屋』『ナナ』)、モーパッサン(『脂肪の塊』『女の一生』)などから影響を受けたことが知られます。そうした縁もあってロシアとフランスのリアリズム文学の影響を強く受けたのでした。またバルザック(『従妹ベット』『ゴリオ爺さん』)の作品をこのみ影響されました。
本作品もさながらドストエフスキーの『罪と罰』などを連想させられます。
他の作品では例えば冨樫義博『HUNTER×HUNTER』、ハメット『マルタの鷹』『血の収穫』、谷崎潤一郎『卍』、エドワード=ヤン監督『エドワード=ヤンの恋愛時代』などに近いですが、物語は偏に特定のテーマや目的に従うべくデザインされている訳ではなく、エージェントがそれぞれの選好、信念のもと合理性を発揮し、これが交錯する中でドラマが展開されていきます。このようなデザインは、現実社会における政治学・社会学(システム論、エスノメソドロジー)や国際関係論におけるリアリズム/リベラリズム/ネオリベラリズム/ネオリアリズムが想定する人間関係や国際関係に対するモデルと共通しますが、現実世界における実践に対する見通しとして経験的根拠の蓄積のある強固なモデルといえます。
ストレッサー、チャド、ヴィオネ夫人、ニューサム夫人の信念や合理性がさまざまに交錯していきます。
メリメ、モーパッサンらの影響
ヘンリー=ジェイムズはモーパッサン(『脂肪の塊』『女の一生』)などから影響を受け、モーパッサンも枠物語構造をとりれた作品があって、それが永井荷風の『ふらんす物語』へ影響し、そこで「おもかげ」と呼ばれる作品をものしております。コンラッド『闇の奥』にもモーパッサンの影響があります。本作の非線形の語りはモーパッサン、それからメリメの影響が大きいでしょう。
メリメは『カルメン』のオペラ化が有名ですが、ゴシック文学を広く手がけております。伝聞による語りや翻訳文学のパロディなどを孕んだ、豊かな語り口が特徴の作風で、『カルメン』も枠物語の構造です。
ジェイムズの非線形の語りにはこうした作家の影響も関わります。
グランドツアー。国際性
ジェイムズはアメリカ(ニューヨーク)生まれですが、若い頃からヨーロッパに長期滞在し、フランスやイタリアを旅し、最終的にはイギリスに帰化しました。彼の人生そのものが「アメリカ的背景」から「ヨーロッパ的文脈」への移動であり、その異文化的な距離感・観察者の立場が小説に反映されています。
ヘンリー・ジェイムズのテーマを「国際性(international theme)」と呼ぶのは、まさに批評史のなかでよく言われることです。
初期から中期にかけての代表作『アメリカ人』『デイジー・ミラー』『ある婦人の肖像』などでは、アメリカの「新世界」的な単純さ・純真さ・エネルギーと、ヨーロッパの「旧世界」的な洗練・伝統・複雑さの価値体系の衝突や交流を中心に物語が展開されます。批評家たちはこれを「国際テーマ」と呼び、ジェイムズ文学の重要な特徴とみなしています。
本作の大まかなプロットは、アメリカに住む主人公ストレッサーが婚約者の頼みで、フランスのパリにいる息子を連れて帰るように言われ、パリという文化的先進地の空気に感化されつつも、そこでの人間関係に翻弄されるさまが描かれます。
四角関係
『鳩の翼』『黄金の盃』でも三角関係や四角関係が描かれましたが、本作もストレッサー、チャド、ヴィオネ夫人、ニューサム夫人の四角関係を描きます。
ストレッサーはチャドを楽観的に信頼して欺かれ、ヴィオネ夫人に惹かれます。チャドは密かにヴィオネ夫人と交際しています。ニューサム夫人は今回の大使の一件でストレッサーに期待を裏切られ、今後の関係には影が差していくことが読み取れます。『鳩の翼』におけるミリーの死がもたらしたような暗い影がここでも描かれます。
物語世界
あらすじ
主人公、ルイス・ランバート・ストレッサーは、マサチューセッツ州の架空の町ウーレット出身の50代の教養ある男性で、婚約者のニューサム夫人の放蕩息子チャドを探すためにパリに派遣されます。彼女の息子であるチャドを説得して、マサチューセッツ州ウーレットにある家業に復帰させることを任されたのでした。ニューサム家は、チャドが恋愛関係でヨーロッパ旅行に長居しているのではないかと考えています。
ストレッサーはチャドを見つけると、変化に驚きます。控えめな上品さ、優雅さ、礼儀正しさがあり、不適切な恋愛関係にある人物には見えません。チャドが、親しい友人であるマダム・ド・ヴィオネとその成長した娘のジャンヌを紹介すると申し出ると、ストレッサーは喜びます。紹介されると、ストレッサーは母親と娘が洗練されていて、高潔であることに気が付きます。彼は、愛らしい娘がチャドの成長をもたらしたのではないかと考えます。またマダム・ド・ヴィオネは結婚しているものの、夫とは何年も別居していることを知ります。
ストレッサー自身もパリに見開かれ感化され、生き生きとしていきます。やがてアメリカに戻ることへの興味は薄れていきます。また、チャドを説得して帰国させる努力もなくなっていきます。やがて彼はヴィオネット夫人に好意を抱くようになります。チャドはジャンヌ・ド・ヴィオネットとの結婚に興味がないことを明らかにし、彼女にふさわしい結婚を手配しようといい、ヴィオネット夫人との情事は続けていきます。
やがてニューサム夫人はストレッサーの無策にうんざりし、娘と義理の息子を含む新しい大使一団を派遣します。サラ (ニューサム) =ポコックはストレッサーに言われた通り、チャドに戻ってくるよう強く求めるよう要求します。ポコック一行が出かけている間に、ストレッサーはパリを抜け出して 散歩し、偶然チャドとヴィオネ夫人に遭遇します。二人は恋愛関係にあることは明らかでした。ストレッサーは騙されたと感じながらも、チャドの性格が改善したことは認めます。
チャドはウーレットに戻る決心をするものの、それはマダム・ド・ヴィオネットとの関係が断絶することを意味する。ストレッサーもまたウーレットに戻りますが、ニューサム夫人との関係はうまくいくものか分かりません。
参考文献
・Fred Kaplan ”Henry James: The Imagination of Genius, A Biography”




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