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村上龍『テニスボーイの憂鬱』解説あらすじ

村上龍
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始めに

 村上龍『テニスボーイの憂鬱』解説あらすじを書いていきます。

語りの構造、背景知識

等質物語世界の語り手。アウトサイダーアート。セリーヌ、中上健次

 この作品は、等質物語世界の語り手が導入されています。語り手は青木という成金二世です。

 村上龍はニューシネマや、セリーヌ(『夜の果てへの旅』)、中上健次などシュルレアリスムと隣接する作家からの影響が顕著です。こうした潮流には、反ブルジョワジー主義が潜んでおり、そこから大衆消費社会への相対的な視点が生まれています。

 本作も、物質的には何一つ不自由ない青木の抱える疎外が描かれ、『ファイト=クラブ』(フィンチャーが映画化)などを思わせます。

コンラッド、フィッツジェラルド的栄光と孤独のドラマ

 この作品では主人公青木の資本主義の中での孤独が描かれます。物質的には何一つ不自由ない暮らしを送りながらも、どこか満たされることのない青木の孤独を描いています。

 例えばこれは、フィッツジェラルド『グレート=ギャッツビー』、コンラッド『闇の奥』、ウェルズ監督『市民ケーン』のような、栄光と孤独のドラマになっています。

圧倒的な筆力を持った作家

 村上龍という作家は、「良くも悪くも」天才肌です。似たようなジャンルでデビューした石原慎太郎(『太陽の季節』)もいますが、石原慎太郎(『太陽の季節』)と比べても龍の圧倒的な筆力は際立っています。もっというならドキュメンタリーフィルムのように生々しく現実を抉り取るリアリスティックな語り口の筆力は、同世代の村上春樹以上で、それこそハーマン=メルヴィル(『白鯨』)、マーク=トウェイン(『ハックルベリー・フィンの冒険』『王子と乞食』)や吉田健一(『酒宴』)のような圧倒的な文豪にも見劣りしないとも思えるほどです。

 本作も、本人が特に得意とするジャンル、内容ではないでしょうが、こういう作品をさらっと書けるから、作家としてのポテンシャルの高さが伺えます。三島由紀夫の『永すぎた春』などのような感じです。

物語世界

あらすじ

 語り手で土地成金の二世である青木はステーキ屋を経営する一児の父親です。仕事も女も熱心でないものの、テニスにだけは真摯に向き合っていました。

 ある日、ステーキ屋のプロモーションモデルに来た吉野愛子と出会い一目惚れします。やがてのめり込み逢瀬を重ねます。そテニスボーイは実業家として飛躍し、新しい店を出店し、五軒のオーナーとなります。

 しかしマンネリ化を感じ吉野愛子と疎遠になります。そしてサイパン旅行で出会った本井可奈子と接近。しだいに都会の暮らしに草臥れ、「寂しい町」で暮らしたいという思いに駆られるようになります。

 輝やかしい日常を送るなか、本井可奈子が妊娠します。彼女を堕胎させ憂鬱な気分を味わいます。

 ラストは息子と買い物をする場面で終わります。

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