始めに
始めに
今日は、三島由紀夫の代表作『永すぎた春』についてレビューを書いていきます。自分も好きな作品です。
語りの構造、背景知識
古典主義(ラディゲ、コクトー)、ハリウッドスタイル(ルビッチ、ジョージ=スティーブンスン)のコメディ
三島由紀夫はラディゲ(『ドルジェル伯の舞踏会』)、コクトー(『恐るべき子供たち』)といったフランスの古典主義文学に影響を受けています。私淑した二人にも相通じる、作品全体が合理的に構造としてデザインされた戯曲、家庭小説には佳品が多いです。この作品も、古典主義者三島の面目躍如といったところで、上質の家庭小説、喜劇になっています。
家庭小説は、英米の感傷小説などをルーツとするジャンルです。代表作は尾崎紅葉『金色夜叉』、蘆花『不如帰』などで、ダイムノベルの翻案を主たる水源としています。家庭小説にハリウッドコメディのモードのスタイルを加えたのは獅子文六などのユーモア小説でしたが、そうした文脈の中で、三島もユーモア家庭小説の佳品をここでものしています。
三島由紀夫は喜劇映画の中でも特にエルンスト=ルビッチの作品(『天国は待ってくれる』)を好んでいました。ルビッチの洗練されたスタイルを愛したのでした。この作品も同様に、ルビッチのような洗練したスタイルで綴られるメロドラマになっています。
スクリューボール=コメディ
スクリューボール=コメディはハリウッドに代表的なジャンルでキャプラ監督『或る夜の出来事』、ホークス監督『赤ちゃん教育』、ルビッチ監督『ニノチカ』などが有名でした。ジャンルの様式として自立したヒロインや身分違いの恋などを特徴とします。
三島由紀夫の本作や『潮騒』の自立したヒロイン像にもその影響がみえます。また貞操をテーマとする点や露骨な性描写を避ける点にもその影響が見えます。
三島由紀夫のいいところと悪いところ
三島由紀夫にはいいところと悪いところがあります。ラディゲ、コクトー流の古典主義者として、クラシックなスタイルのウェルメイドなコミックオペラ調の小説をものすことにかけては右に出るものがなくクリスティ(『ABC殺人事件』『アクロイド殺し』[ネタバレ])を思わせますが、ジョイス(『ユリシーズ』)、フォークナー(『響きと怒り』)、T=S=エリオットのようなモダニズム文学の作家の意図したこと、達成したことを理解し、創作にフィードバックできたわけではないので、「純文学」を志向した『豊饒の海』シリーズ(1.2.3.4)などの作品は不出来なものが多いです。また60年代からは得意だった戯曲や娯楽小説も破綻が目立ちます。
一方で『永すぎた春』『潮騒』などの作品は、三島のスタイリストとしての最良の部分が表れています。
物語世界
あらすじ
T大法学部の宝部郁雄は、古本屋「雪重堂」の娘・木田百子と去年の春に出会い恋仲となり、親の許しで今年の1月1に婚約できました。しかし結婚は、郁雄が来年3月大学を卒業してからという条件でした。
4月、2人は郁雄の知人の画家・高倉の個展会場で待ち合わせします。郁雄はそこで、30歳近い美人画家・本城つた子を紹介されます。郁雄はつた子に誘われ喫茶店に行きます。そのとき百子は嫉妬するものの、百子は結婚前に体を許してもいいと郁雄に言ったりするようになります。
つた子の誘惑に悩まされていた郁雄は、百子の純潔を守る代わりに、つた子のアパートへ行きます。そこで学友の宮内が百子を連れて現われ、つた子も加わり、宮内は郁雄に、百子とつた子のどっちを選ぶのかをせまります。郁雄は百子を選びます。
百子の兄で小説家志望の東一郎がひどい盲腸で入院。東一郎は附添の看護婦の浅香と結婚したいと言い出し、郁雄の母の宝部夫人の仲介もあり、当初反対していた木田夫婦も了承します。しかし浅香の母のつたは、元は花柳界にいて強かな女で、木田一家や、宝部家に嫁ぐ百子に対して僻みます。
百子はつたの陰謀で、郁雄のプレイボーイの友人の吉沢に強姦されそうになります。あやうく逃れた百子ですが、宝部夫人はつたと親戚関係になるのを拒絶し、東一郎と浅香が結婚するなら、郁雄と百子の結婚を許さないと、東一郎に言います。
浅香のアパートを東一郎と百子が訪ねます。ちょうど、つたも居て、浅香は母親をかばい、わざと東一郎に嫌われるようにします。東一郎は激昂して別れを決め、宝部家に報告します。百子と郁雄は婚約破棄にならずに済みます。
百子は浅香の心情を兄に教えなかったことに自分のエゴイズムをみて、郁雄に相談します。しかし郁雄は、東一郎は浅香が偽りの愛想づかしを言うことを知っていて、あえて別れるようにしたと言い、東一郎が一緒に百子を連れてアパートに行ったのもそのためで、自分たちに配慮したと解釈します。百子と郁雄は、素直に幸福をもらおうと誓い合います。
総評
新古典主義者三島のクラシックなスタイルのメロドラマ
卓越した新古典主義者、三島由紀夫の筆が冴え渡る極上のコメディです。おすすめ。
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参考文献
・安藤武『三島由紀夫の生涯』
・山内由紀人『三島由紀夫、左手に映画』(河出書房新社.2012)
・牧村健一郎『評伝獅子文六: 二つの昭和』
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