始めに
志賀直哉『城崎にて』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
白樺派の理想主義とヒューマニズム
志賀直哉は白樺派の中心となった作家です。白樺派は、学習院の同人誌である白樺のグループの作家の名称で、傾向としては理想主義や人道主義を掲げて、そこから生田長江など自然主義の作家や評論家との論争がありました。
白樺派は有島武郎(『或る女』)、里見とん(『多情仏心』)の兄弟や武者小路実篤(『友情』)、長与善郎などの小説家の他にも詩人、歌人、画家もいて、作風の傾向もまちまちでした。とはいえこのグループではトルストイ(『戦争と平和』『アンナ=カレーニナ』)、ニーチェなどは広く共有され、トルストイ(『戦争と平和』『アンナ=カレーニナ』)のヒューマニズムからは志賀も影響が顕著です。
本作もさながらトルストイ『イワン=イリイチの死』を思わせ、死とニアミスした語り手の「自分」の心境を展開していきます。
動物の死。チェホフ『かもめ』的象徴性
志賀直哉はチェホフを好みましたが、本作はチェホフ『かもめ』とも似ていて、動物の死を作中で象徴的に用いています。
チェホフ『かもめ』では、不意に銃で撃たれて殺されてしまうかもめがモチーフとして登場し、それがキャラクターのニーナやコスチャの人生の象徴になっています。
本作では療養先で語り手は動物の死を目の当たりにして、自分の事故で死にかけた経験と照らし合わせて、自身の人生や死について考察していきます。
伝記的背景
1913年4月に上京し、8月に里見弴と芝浦へ行き、素人相撲を見て帰るさいに、山手線の電車に跳ね飛ばされ、志賀は大けがします。東京病院にしばらく入院し、療養のために兵庫県にある城崎温泉を訪れます。その後は松江や京都などを点々とし、1914年に、勘解由小路康子と結婚します。1917年10月には不仲だった実父と和解します。
作品は主にこの時期の経験を背景に、事故にあった体験を踏まえて、周囲の内省によって展開されていきます。
漱石のプラグマティズム。内村鑑三のヒューマニズム。
また志賀直哉は夏目漱石や内村鑑三から顕著な影響を受けました。
漱石はプラグマティズムという潮流から影響が見えましたが、本作もそれと通底する生の哲学が垣間見えます。
また内村鑑三の理想主義や生の哲学からの影響も伺えます。
物語世界
あらすじ
東京山手線の電車に轢かれて怪我をした「自分」は、後養生に兵庫県の城崎温泉にきます。
「自分」は蜂の死骸に、静かな死へ親しみを感じ、首に串が刺さった鼠が石を投げられて逃げ惑っている姿を見て死が恐ろしくなります。
ある日、小川の石の上にイモリがいて、驚かそうと投げた石が当って死んでしまいます。哀れみを感じるのと同時に生き物の淋しさを感じている「自分」。動物達の死と自分の経験を振り返り、生きていることと死んでしまっていることは両極ではなかったと思います。
参考文献
・阿川弘之『志賀直哉』




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