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大江健三郎『燃え上がる緑の木』解説あらすじ

大江健三郎
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始めに

始めに

 今日は大江健三郎『燃え上がる緑の木』について解説を書いていきます。『懐かしい年への手紙』の続編にあたります。さらに『宙返り』に続きます。シリーズ(1.2.3)の2作目です。

語りの構造、背景知識

等質物語世界の語り手、サッチャン

 サッチャンというトランスジェンダー(もとは男性)の等質物語世界の語り手が設定されています。前作で死亡したギー兄さんでしたが、今作では「さきのギー兄さん」に代わる「新しいギー兄さん」が登場します。この義兄の同一性の喪失のモチーフは『取り替え子』と重なります。

 大江健三郎の義兄伊丹十三への親愛は作品のなかに何度も形を変えて描かれますが、本作ではウルフ『オーランド―』のようなトランスジェンダーSFの体裁をとり、伊丹との性的結合や出産までも描きます。

新しいギー兄さん

 四国の森の奥の谷間の村を舞台に、「魂のこと」をおこなう新興宗教の集団の勃興から解散までが描かれ、前作『懐かしい年への手紙』に続く、ギー兄さんの二度目の死が描かれます。

 本作のギー兄さんは「救い主」ではなくピンチの中継ぎ投手のように「救い主」への繋ぎであるとされています。フレイザー『金枝篇』を下敷きとする王殺しによる王権の交代、輪廻のモチーフは『水死』に重なります。

フォークナー、アナール学派、文化人類学の影響

 大江健三郎は初期からモダニズム文学者ウィリアム=フォークナー(『アブサロム、アブサロム!』『響きと怒り』)の影響が顕著です。コンラッド(『闇の奥』)やT.Sエリオットといったモダニズムの潮流を汲むフォークナー(『響きと怒り』)は、たとえばアナール学派が設定したような問題意識から、過去の歴史を物語ろうとします。文化人類学、社会学の分析枠組みを導入し、世相史や社会史の記述を試みたり、ミクロなアクターの視点・現象からの記述やマクロなシステムの構造的考察といったアプローチを試み、従来の歴史学における事件史、人物史のような形の分析に異議申しだてを計りました。

 フォークナーの文学は、「意識の流れ」の手法もそうですが、ミクロなアクターの一人称的視点のリアリズムを小説世界に展開し、特定のトポスに焦点を当てることで、単なる中央の政治的アクターによる事実の羅列たる事件史とは異なった、アメリカ民衆史、社会史としての歴史文学をそこに展開しようと試みます。

 大江健三郎もまたフレイザー『金枝篇』などの影響の下、本作品で、歴史の中のミクロなアクターや特定のトポスに焦点を当て、そこにおける時間軸の中での実践を記述することで、人間の暴力性、加害性のような現象の起こる背景について、その構造的記述、理解を試みようとします

輪廻と時間論の文化人類学

 前作『懐かしい年への手紙』でも「永遠の夢の時」という輪廻や運命のテーマを扱いました。これははるかな昔の 「永遠の夢の時 」に重大な全てが起こり、いま現在の時は、それを繰りかえしているにすぎないという考え方です。「永遠の夢の時」は柳田國男の用語から「懐かしい年」とも言い換えられます。この辺りは文化人類学に着目する『同時代ゲーム』との関係が伺えます。

 本作では前作『懐かしい年への手紙』で死んだギー兄さんの存在を継承する新しいギー兄さんが現れ、それがまた前作同様、死の運命を迎えるという流れが描かれます。

 輪廻、転生のモチーフはまずT=S=エリオット『荒地』が先駆としてあります。この下敷きとなった文化人類学者フレイザー『金枝篇』が、ネミの森の王殺しの儀式の伝統に対して、自然の輪廻と転生のサイクルを維持するためという解釈を与えています。サリンジャー『ナイン=ストーリーズ』などにもその影響が伺えます。中上健次『千年の愉楽』、三島『豊饒の海』シリーズ(1.2.3.4)、押井守監督『スカイ・クロラ』などにも、モダニズムの余波としての転生モチーフが見えます。

信仰のモチーフ

 本作品は新興宗教をモチーフとしています。おそらくはフレイザー『金枝篇』のペイガニズムのモチーフに影響されたものと思われますが、芥川『邪宗門』、高橋和巳『邪宗門』などを思わせる内容になっています。

 内容としては宗教の話にひきつけて新左翼について組織論的なテーマから、なぜ組織が腐敗するのかについて構造的に描こうとしている印象です。

 本作品は新しいギー兄さんがオーバに指名されたのち、新興宗教を結成していきますが、教会と信仰の間の緊張に押しつぶされ、無力さを露呈するギー兄さんの姿へサッチャンの幻滅と愛が描かれます。この点も『取り替え子』と重なります。

 安保闘争における新左翼の内ゲバやテロリズムなどの陰惨な悲劇を目の当たりにするなど、そのような理想を抱いて飛ぶ急進的な実践に対する、左翼としての複雑な心境が、組織の不条理を描く部分に伺えます。

 やがてギー兄さんは、大切なのは組織ではなくて信仰という理想やそのために祈るという行為だと悟り唱えるものの、新左翼の襲撃で死にます。

シリーズについて

 本作は『懐かしい年への手紙』の続編です。さらに『宙返り』に続きます。

 とはいえ、もともと『燃え上がる緑の木』で完成するつもりだったと思われ、同時期にオウム真理教事件が起こったために、そのアンサーとして『宙返り』が付け足されたので、やや蛇足な印象は受けます。

 前作『懐かしい年への手紙』でもギー兄さんが死に、続編の 『燃え上がる緑の木』では新しいギー兄さんが現れて、再びその死が繰り返されます。『宙返り』ではギー兄さんの息子が現れ、ギー兄さんや主人公の魂が継承されていくことが描かれています。

物語世界

あらすじ

 村の長老の女性オーバーが死の真際に「新しいギー兄さん」を指名します。ギー兄さんは大学の初年時に暴力的な新左翼の党派と関わってしまい、姓を変えて別の大学に再入学・卒業して出版社で働いた後、「魂のこと」をしたいと故郷の森の谷間の村で暮らすようになっていました。オーバーが亡くなるとギー兄さんはオーバーの葬儀を森の谷間の村に残る伝承の通りに行い、オーバーの魂が手渡されたとされるギー兄さんは手かざしによる治療を行うようになります。ギー兄さんはオーバーの地所を相続しているため、農業経営を中心とした事業も受け継ぎます。

 周りに治癒を求める人々が集まり始めるがギー兄さんの癒しの業は、地域の住民から偽物と糾弾され、袋叩きにあったギー兄さんをサッチャンが治療します。その際にギー兄さんとサッチャンは性的に結ばれます。

 ある日音楽会が開かれ、「教会」の今後の展望についてギー兄さんは頭を抱えてうずくまり何も喋ることができません。サッチャンは失望して教会を離れます。そこに、ギー兄さんがギー兄さんが学生時代に関わりをもった新左翼の党派からの襲撃を受けた、という知らせがきて教会に戻ります。

 しかし、大きくなっていく「教会」と外部との緊張が高まっていき、教会内でも教会の本拠地を固めようと考える伊能三兄弟が主導する「農場」のグループと、布教を進めたいと考える土地の寺の住職・松男さんが率いる「巡礼団」の対立が生じます。ギー兄さんは教会より祈ること自体の価値を説きます。

 ギー兄さんは農場経営を伊能三兄弟に譲り渡し、ギー兄さんとサッチャンは結ばれて身籠もります。翌日、ギー兄さんは新左翼の党派の襲撃を受けて死にます。

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