はじめに
大江健三郎『ピンチランナー調書』解説あらすじを書いていきます。
語りの構造、背景知識
等質物語世界の語り手
本作は等質物語世界の語り手「私」と「おれ」=森の父が設定されています。「おれ」のパートは「私」が記した調書になっていて、真の語り手は「私」ですが多くのパートで森の父も語り手を努めます。『みずからわが涙をぬぐいたまう日』の表題作も近いデザインです。
この「僕」「おれ」が混在する、独特の非線形の語りの実験が展開されていて、エリオット『荒地』やフォークナー『響きと怒り』『アブサロム、アブサロム!』を連想させます。
またこうした手法には『取り替え子』にも描かれるように、男性への理想化傾向の強い大江健三郎の心理が語りに現れています。
偽メシアたる親方
本作では偽メシア的な存在である「親方(パトロン)」が現れ、それとの戦いが描かれます。政界のフィクサーで、原発利権を掌握する右翼の「親方(パトロン)」の「大物A氏」は、対立する二つの革命党派それぞれに資金援助をして、小型の原爆を開発させています。それを利用して、「天皇ファミリィ」を傀儡としていクーデターを起こし社会に君臨しようとしています。
預言者のモチーフは『治療塔』シリーズ(1.2)、『静かな生活』、『懐かしい年への手紙』三部作(1.2.3)にも現れます。
天皇制批判
本作は天皇制を批判する内容です。大江にとって天皇制は、民主主義や公共的徳とは相容れないもので、ナショナリズムのために動員される道具にすぎず、本作でもそれについて批判的に言及します。
本作では悪役の「親方(パトロン)」は、小型の原爆を開発させ、それを利用して、「天皇ファミリィ」を傀儡としてクーデターを起こし社会に君臨しようとしています。
フレイザー『金枝篇』、エリオット『荒地』。若返り
本作は『治療塔』シリーズ(1.2)にもあった、若返りのモチーフが見えます。
おそらくこれはフレイザー『金枝篇』やエリオット『荒地』の影響で、この2つはネムの森の王殺しの儀礼をテーマにし、その背後にある自然のサイクルの循環、輪廻をモチーフにしています。ここから着想を得て『燃え上がる緑の木』の新しいギー兄さんなどもデザインされていると思われます。
失敗作
とはいえ本作は大江健三郎の長編の中でも最低クラスの作品です。とにかく語りの手法も読みにくいばかりで、成功していません。
それに加えて大江健三郎特有の、ディック(『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』)をも凌駕するセンスオブワンダーが本作は冴えないのです。
物語世界
あらすじ
語り手「私」は知的障害を持つ子どもの父です。同じ特殊学級の父兄として知り合った森の父の「幻の書き手」を引き受け、その行動の一部始終を「調書」にとります。「調書」は森の父の一人称「おれ」によって語られます。
森の父は原子力発電所の技術者です。核物質の搬送中に、謎めいた集団「ブリキマン」に襲われて被曝します。ある日「宇宙的な意思」によって「転換」が起こり森の父は20歳若返り、その息子の森は20歳加齢します。18歳になった森の父と28歳になった森は、反原発集会に参加したことで、対立する二つの新左翼の党派の抗争に巻き込まれます。
政界のフィクサーで、原発利権を掌握する右翼の「親方(パトロン)」の「大物A氏」は、対立する二つの革命党派それぞれに資金援助をして、小型の原爆を開発させています。それを利用して、「天皇ファミリィ」を傀儡としてクーデターを起こし社会に君臨しようとしています。
森の父と森は、市民運動の世話役でテレヴィにも出演する女性活動家の麻生野、革命党派の女子学生の作用子、四国からきた反原発運動のリーダー「義人」、対立する革命党派を宥和させようとする「志願仲裁人」、伝説的なゲリラ組織「ヤマメ軍団」らと協力して「大物A氏」の野望に対抗します。
参考文献
小谷野敦『江藤淳と大江健三郎』(筑摩書房)



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