始めに
デイヴィッド・ブリン『ポストマン』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ブリンの作家性
ブリンは、1940年代から50年代にかけてのSF黄金時代の精神を現代に継承している作家です。ブリンはアシモフの理性的で楽観的な科学観を高く評価しています。後にアシモフの『ファウンデーション』シリーズの続編を執筆したことからも、その影響の深さが伺えます。個人の自由、市民としての義務、そして技術が社会に与える影響というテーマにおいて、ハインラインの影が見られます。ただし、ブリンはハインラインの政治的極端さに対しては批判的なスタンスを取ることもあります。宇宙の壮大さと、人類の進化・超越というテーマにおいて、クラークの影響が顕著です。
ハードSF作家として、科学的根拠を重んじる先達からも影響を受けています。緻密なワールドビルディングと、物理法則に基づいた異星人の描写において、ブリンはポール=アンダースンを先駆者として尊敬しています。ハル・クレメントの極限環境での科学的パズルを解くような物語構成は、ブリンの短編や長編の細部に反映されています。
ブリンはトウェインの風刺精神とアメリカ的なユーモアを愛しており、自身の作品でも権威を疑う姿勢やウィットに富んだ対話を取り入れています。ブリンの根底にあるのは進歩への信頼とオープンな社会の重視です。これは18世紀の啓蒙思想の流れを汲んでおり、彼のノンフィクション作品『透明社会』の基盤にもなっています。
嘘から出たまこと
ユニークな点は、主人公ゴードン・クランツが最初は生き延びるための嘘として郵便配達人のふりをしたことにあります。彼が語った合衆国は再建されているという希望の嘘を、絶望の中にいた人々が信じ、それに応えようと行動し始めることで、バラバラだった集落にネットワークが再構築されていきます。虚構が人々の期待を組織化し、やがて実体を伴う現実へと変容していくという、社会的アイデンティティの形成プロセスが描かれています。
ブリンは、文明の基盤は武力や技術そのものではなく情報の交換と信頼のネットワークであると説いています。郵便という、かつては当たり前だった見知らぬ誰かと意志を疎通させる手段が、孤立した個人を再び市民へと戻す鍵となります。物理的な手紙のやり取りが、相互扶助や法秩序を復活させるための第一歩として象徴的に描かれています。
利他と共存
作中に登場する敵勢力ホルニストは、社会進化論や力による支配を信奉する集団です。ブリンは彼らを通じて、極限状態において自分たちだけが助かればいいとする排他的な生存主義がいかに文明を破壊し、人類を退行させるかを批判的に描いています。これに対し、主人公側は利他的な義務感や公共心を対置させています。
物語の後半、ゴードンは自分が英雄として祭り上げられることに戸惑いを感じます。文明を救うのは一人の選ばれた超人ではなく、名もなき人々がそれぞれの役割を果たすことであるという民主主義的なメッセージが込められています。ポストマンという称号は、特権的な地位ではなく、他者に奉仕する公僕としての象徴なのです。
物語世界
あらすじ
舞台は、核戦争と生物兵器、そして環境崩壊によって文明が潰えた近未来のアメリカ・オレゴン州。主人公のゴードン・クランツは、かつての文明の遺産である物語や演劇を人々に語って聞かせることで糧を得る、孤独な放浪の旅芸人でした。ある日、強盗に遭い全てを失ったゴードンは、山中で朽ち果てた郵便車と、制服を着たまま息絶えていた郵便配達員の遺体を発見します。寒さを凌ぐためにその制服を拝借した彼は、たどり着いた村で、警戒する村人たちの信頼を得るために自分は再建されたアメリカ合衆国から派遣された郵便配達人であるという嘘をついてしまいます。
その場しのぎの嘘でしたが、絶望の中にいた人々にとって、その言葉は世界はまだ繋がっているという救いの福音となりました。村人たちは次々と手紙を書き始め、ゴードンは偽りの役割を演じ続けながら、村から村へと手紙を運ぶことになります。彼が意図せず広めた合衆国再建という嘘の噂は、人々の間に共通の目的と連帯感を生み出し、バラバラだったコミュニティが再び一つの社会として機能し始めます。ゴードンは、自分がついた嘘が現実の文明を再構築していくという、奇妙な虚構の力を目の当たりにします。
しかし、復興の兆しを見せる社会の前に、弱肉強食の支配を目論む軍事集団ホルニストが立ちはだかります。彼らは、文明を軟弱なものとして否定し、力による略奪を正当化する生存主義者たちです。
力による支配を信奉する軍事集団ホルニストとの全面戦争が勃発します。圧倒的な武力を持つホルニストに対し、ゴードンたちは苦戦を強いられます。
しかし、ここで効力を発揮したのが、ゴードンが繋いできたネットワークでした。各地の村々が、自分たちは合衆国市民であるという自覚を持ち、共通の敵に立ち向かうために団結します。
ホルニストのリーダーであり、かつて人工的な身体強化を受けたスーパーソルジャーは圧倒的な個人の武力を誇りますが、最終的には、かつて彼と同じ強化手術を受けながらも、文明の側に残ることを選んだ老兵の手によって、その暴力の論理が打ち破られます。
戦争に勝利した後、ゴードンは自分が始めた嘘の重荷から解放されたいと願いますが、人々はすでに彼を必要としていませんでした。なぜなら、彼が蒔いた種から、本物の郵便制度や行政機構が自律的に動き始めていたからです。
ラストシーンでは、かつてゴードンが拾った古い制服は脱ぎ捨てられ、代わりに新しく仕立てられた、本物の合衆国郵便局の制服を着た若者たちが、次なる配達へと向かう姿が描かれます。




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