始めに
スーザン・プライス『ゴーストドラム』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
プライスの作家性
プライスにとって最大のインスピレーション源は、各地に伝わる民話や神話です。代表作『ゴースト・ドラム』に見られるように、ロシアの古い民話や魔女バーバ・ヤガーの伝承が深く根ざしています。彼女はこれらの物語が持つ容赦のなさや奇妙な論理性を高く評価しています。また『ステルカームの握手』シリーズに見られる運命論的な世界観や、戦士の規範などは、アイスランドのサガや北欧神話の影響が色濃く反映されています。ほかにスコットランドとイングランドの国境付近で歌い継がれてきた叙事詩的な歌からも、復讐や忠誠といったテーマを吸収しています。
彼女は、子供を未熟な存在としてではなく、一人の人間として扱う作家たちに共感を示してきました。アラン・ガーナーはイギリスの神話的ファンタジーの巨匠で、ガーナーが示す土地に刻まれた記憶や、妥協のない硬質な文体は、プライスの作風とも共通点が多く、しばしば比較の対象となります。ロバート・ウェストール は第二次世界大戦を題材にした作品で知られる作家です。彼が描く感傷を排したリアリズムや、大人の世界の残酷さに直面する少年少女の姿は、プライスの作品における世界に対する冷徹な視点と共鳴しています。プライスは少女時代にルーマー・ゴッデンの作品を愛読していました。物語の細部に対する繊細な観察眼や、心理的な緊張感の持たせ方に影響を受けているとされています。
彼女の作品には、しばしば社会階級の対立や労働者階級の現実というテーマが登場します。特定の小説家だけでなく、中世の年代記や社会史の記録そのものから着想を得ることが多いです。彼女は歴史とは勝者によって書かれた綺麗事ではないという視点を持ち、史実の背後にある泥臭い人間模様を抽出します。チャールズ・ディケンズなどのように、社会の不条理や貧困を直視する文学的伝統も、彼女の骨太なテーマ設定に寄与しています。
幽閉
本作の根底には、物理的・精神的な幽閉というテーマが流れています。窓のない塔に閉じ込められた王子サファと、シャーマンとしての修行に没頭するチンギス。この二人は対照的ですが、どちらも社会や運命というシステムの中に閉じ込められています。独裁的なツァーリの権力が、いかに空虚で人間を不幸にするかが冷徹に描かれています。プライスは、権力を獲得するものではなく、人間を歪ませる重圧として定義しています。
シャーマニズムが物語の鍵となりますが、それは決して万能の魔法ではありません。チンギスが身につける力は、超自然的な奇跡というよりは、世界の理を深く理解することとして描かれます。これは、教育や知性が人間に自由を与える一方で、社会からの孤立という代償を伴うことを示唆しています。魔法を使うこと、あるいは自由を得ることには必ず対価が必要であるという等価交換の概念が強調されており、甘い救済を許さないリアリズムが徹底されています。
階級批判
プライス自身の労働者階級としての視点が、物語の構造に強く反映されています。主人公のチンギスは奴隷の娘であり、社会の最底辺に位置します。彼女が知識を得てシャーマンという既存の階級を超越した存在になっていく過程は、固定化された社会構造への静かな抵抗とも取れます。王子と奴隷の娘という、本来交わるはずのない二人が孤独という共通言語で結ばれる様子は、社会的地位を超えた人間性の回復を象徴しています。
北欧神話やロシア民話に通じる冬の論理が支配しています。多くの児童文学が善が勝ち、悪が滅びるというカタルシスに向かうのに対し、本作は世界は残酷であり、個人の感情に関わらず時間は流れるという厳然たる事実を突きつけます。極寒の風景は単なる舞台装置ではなく、人間の営みを容易に飲み込む運命そのものの比喩として機能しています。
物語世界
あらすじ
物語は、二人の子供の誕生と、その過酷な運命から始まります。奴隷の娘、チンギスは生まれたばかりで魔女に売られ、人里離れた鶏の足の上に立つ小屋で育てられます。彼女はそこで、文字を読み、世界の理を聴き、幽界と交信するための魔法の太鼓を叩く修行を積み、強力なシャーマンへと成長します。王子、サファは正当な王位継承者でありながら、権力を狙う叔母の陰謀によって、生後まもなく窓のない高い塔の最上階に幽閉されます。光も、他人の顔も、外の世界も知らず、ただ一人の召使いだけを介して、暗闇の中で孤独に成長します。
ある時、シャーマンとなったチンギスは、その超越的な知覚によって、遠く離れた塔に閉じ込められたサファの震えるような孤独を感じ取ります。彼女は肉体を小屋に残し、魂を飛ばしてサファの元を訪れます。外の世界を全く知らないサファにとって、チンギスが語る雪や空や魔法の物語は、唯一の救いとなります。しかし、それは同時に、二人の存在を危険視するツァーリ側の魔術師たちを刺激することにもなりました。
チンギスはついに、物理的にもサファを塔から救い出す決意をします。二人は鶏の足の小屋に逃げ込みますが、権力の維持に固執する叔母や、その配下の魔術師たちが、卑劣な罠と強大な魔力をもって追い詰めます。
追いつめられた二人が選んだのは、既存の社会へ戻ることでも、単なる逃避でもありませんでした。チンギスが叩くゴースト・ドラムの響きとともに、彼らは人間の肉体や社会的な身分という枠組みを捨て、別の次元の存在へと変容を遂げます。権力者たちがどれほど手を伸ばしても届かない、冷徹で自由な冬の真理の中へと消えていくのです。




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