PR

ジョン=コリア『モンキー・ワイフ : 或いはチンパンジーとの結婚』解説あらすじ

ジョン=コリア
記事内に広告が含まれています。

始めに

 ジョン=コリア『モンキー・ワイフ : 或いはチンパンジーとの結婚』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

コリアの作家性

 コリアに最も近い先達といえるのがサキです。短編の名手であり、英国的な上品さの中に潜む残酷さやシニカルな機知、そして日常がふとした瞬間に非日常に侵食される構成は、コリアの短編集『Fancies and Goodnights』の核となるスタイルに直接繋がっています。


​ コリアの文体は、非常に装飾的でエレガント、かつ批評的です。1890年代のデカダンスやエドワーディアンの才人であるビアボームの洗練されたパロディや都会的なアイロニーは、コリアが通俗的な恐怖小説の題材を、いかにして高尚な芸術へと昇華させるかの手本となっています。


​ ​コリアは同時代の作家よりも、むしろジョナサン・スウィフトのような古典的な風刺作家の影響を強く受けています。現代的な口語ではなく、あえて古風で格調高いレトリックを用いることで、描かれる奇妙な出来事との間に美的距離を生み出しています。


​ ​コリアは若き日にシットウェル家のサークルに加わっていました。彼らが標榜したモダニズムと伝統の融合や人工美への執着は、コリアの現実を少しだけずらして構築する架空の世界観に大きな影響を与えました。


​ ​初期のコリアは詩人としても活動していましたが、その幻想性のルーツにはダンセイニが描くような神話的・寓話的なファンタジーの影が見て取れます。ただし、コリアはそこに独自の毒と現代的な皮肉を加えることで、ダンセイニのロマン主義とは一線を画すスタイルを確立しました。

チンパンジーの妻

 本作の最大の皮肉は、人間であるファティガイ氏やその婚約者エイミーよりも、チンパンジーのエミリーの方が遥かに知的で、思慮深く、文明的であるという点にあります。エミリーは独学で古典文学を読破し、誰よりも洗練された内面を獲得します。一方で、いわゆる文明人たちは虚栄心や浅薄な社交に明け暮れています。誰が真に高潔な魂を持っているのかという問いを、コリアは種族の壁を越えて突きつけます。


​ ​当時の英国社会における理想の妻という概念に対する、悪意に満ちたパロディでもあります。エミリーは沈黙を守り(話せないため)、献身的に尽くし、夫のすべてを肯定します。これは当時の男性が求めた理想の女性像の極端な戯画です。ファティガイ氏がエミリーの知性に気づかず、単なる忠実なペットとして扱う様は、男性がいかに女性の内面を無視し、自分に都合の良い投影だけを見ているかを暴き出しています。

階級批判

 エミリーが言語を習得し、文学を通じて自己を形成していくプロセスは、言語や物語が人間の意識をいかに定義するかというテーマを示唆しています。​彼女は書物を通じて愛や絶望という概念を学び、それを自らの内面に実装していきます。​ここには、人間の意識とは生得的なものではなく、文化的な情報の集積によって立ち上がる虚構ではないか、というポストモダン的な視点も見て取れます。


​ ​コリアが得意とするシニカルな視点は、ロンドンの知識階級や中産階級の偽善に向けられています。​婚約者エイミーに象徴される、感情の希薄さと流行への依存。​形式的な道徳を重んじながら、その実、極めて利己的に動く人間たちの滑稽さ。​これらをエミリーという「異物」の視点から描くことで、社会の歪みを浮き彫りにしています。

物語世界

あらすじ

 イギリス人の学校教師アルフレッド・ファティガイは、アフリカの上コンゴで孤独な赴任生活を送っていました。彼の身の回りの世話をしていたのは、雌のチンパンジーのエミリーです。エミリーは、主人が不在の間に彼の蔵書を読み耽ることで、当時のイギリスの淑女さえも凌駕する高度な教養と、高潔な精神を独学で身につけていきます。彼女は密かにファティガイを深く愛するようになりますが、彼は彼女を単なる利口なペットとしか見ていませんでした。


​ ファティガイは、ロンドンで待つ婚約者エイミー・フリントと結婚するため、エミリーを連れて帰国します。しかし、再会したエイミーは、かつての面影を失い、知的な虚栄心にまみれた冷酷な俗物へと変貌していました。エイミーはエミリーを執拗に虐げ、ファティガイを精神的に支配しようとします。エミリーは黙々とそれに耐えながら、主人の目が覚める時を待ちます。


​ エイミーの不実と浅薄さを確信したエミリーは、ついに大胆な行動に出ます。結婚式当日、彼女はエイミーを出し抜き、厚いベールを被って花嫁に成りすまします。ファティガイは、隣にいるのがエミリーであることに全く気づかないまま誓いの言葉を交わし、法的にチンパンジーを妻とする男になってしまいます。


​ 真実を知ったファティガイは、最初こそ激しい衝撃と社会的破滅の恐怖に打ち震えます。しかし、エミリーがこれまでに積み上げてきた驚異的な知性、そしてエイミーには決して持ち得なかった深い献身と洗練された魂に触れることで、彼の価値観は根底から覆されます。


​ ファティガイは、偽善に満ちたロンドンの人間社会を捨てる決意をします。彼はエミリーを真の妻として受け入れ、二人で再びアフリカへと旅立ちます。物語の最後、ファティガイはエミリーの知性と美徳を心から称え、二人は奇妙ながらも幸福な夫婦としての平穏を手にするのでした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました