始めに
ウィラ・キャザー『マイ・アントニーア』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
キャザーの作家性
キャザーにとって最も重要な助言者は、短編の名手サラ=オーン=ジュエットでした。ジュエットは、若きキャザーに対してジャーナリズムや他人の模倣をやめ、自分自身の教区、つまり自分が最もよく知る土地とネブラスカの移民たちについて書くべきだと助言しました。これにより、キャザーは自身のルーツである西部開拓地を芸術の域まで高める独自のスタイルを確立しました。
キャザーは小説の本質は、言葉で語りすぎないことにあるという家具を置かない小説という理論を提唱しましたが、これはフランスやロシアの写実主義から多くを学んだ結果です。フローベールからは完璧な文体と、感情を抑制した描写の手法を学びました。またツルゲーネフ『猟人日記』に見られるような、自然描写と人間の哀愁を融合させる手法に深く傾倒していました
ベルクソンの持続や記憶の哲学は、キャザーの作品における過去へのノスタルジーの描き方に影響を与えたと言われています。
彼女の作品、『おお開拓者よ!』や『マイアントニーア』には、古代ローマの詩の影響が色濃く反映されています。ウェルギリウス: 『農耕詩』の影響は顕著です。ネブラスカの荒野を、古代のアルカディアのような神話的空間として捉える視座を彼女に与えました。
過去の神話化
この小説の最も核心的なテーマは、過去はいかにして記憶の中で神話化されるかという点にあります。タイトルに「わが(My)」とある通り、これはアントニーアの実像ではなく、語り手ジム=バーデンの記憶の中に刻まれた彼にとってのアントニーアの物語です。子供時代の純粋な時間と、大人になって失われたものへの哀愁が全編を支配しています。冒頭の献辞にあるウェルギリウスの言葉「最良の日は、最初に去りゆく」が、作品全体のトーンを象徴しています。
ネブラスカの広大な草原は単なる背景ではなく、登場人物の精神を形作る生きた力として描かれています。開拓初期の荒々しい自然は、人間に謙虚さと、同時に宇宙的な孤独感を与えます。野生的な草原が、グリッド状の農地へと飼いならされていく過程は、アメリカという国家の成熟と、失われていく自由な精神の対比として描かれます。
移民の苦悩
ボヘミアなどからやってきた移民たちの苦難と、それに対する強靭な生命力も重要なテーマです。町の住民と、農村で働く移民の娘たちとの間の社会的な壁が描かれます。父親の自殺や未婚での出産といった過酷な運命に翻弄されながらも、最終的に大地に根ざした母性的な存在へと昇華するアントニーアは、開拓精神そのものの具現化といえます。
当時の伝統的な女性像から逸脱していく女性たちの姿も、現代的な視点から高く評価されています。アントニーアやタイニー=ソーダーバックのように、男性に依存せず、自らの労働や商才で運命を切り拓いていく女性たちは、ビクトリア朝的な規範に対するキャザーの批評的視点を示しています。
物語世界
あらすじ
両親を亡くした10歳のジムは、ネブラスカ州の祖父母の牧場へ引き取られます。そこで隣に入植してきたボヘミア人一家の娘アントニーアと出会います。二人は広大な草原を駆け回り、ジムが彼女に英語を教えるなど、強い絆を育みます。しかし、開拓生活は過酷で、芸術家肌だったアントニーアの父は絶望の末に自殺してしまいます。彼女は一家を支えるため、学校へ行かず男手として畑で働くようになります。
数年後、ジムの一家は近くの町ブラックホークに移り住みます。アントニーアも近所の家の雇われ娘として町へ出ます。町では、移民の娘たちの生命力あふれる姿と、保守的な町の人々との対比が描かれます。やがてジムは大学進学のために町を去りますが、アントニーアは鉄道の車掌と婚約して町を出たものの、騙されて妊娠し、失意のうちに実家へ戻ることになります。
20年の歳月が流れ、ニューヨークで弁護士として成功したジムは、再びネブラスカを訪れます。そこで再会したアントニーアは、貧しい農夫クザックと結婚し、多くの子どもたちに囲まれて暮らしていました。若き日の面影は消え、日焼けして歯も抜けていましたが、彼女は大地にしっかりと根を張り、力強いエネルギーを放つ大地の母のような存在になっていました。ジムは彼女の中に、自分たちが共有した失われた過去の象徴を見出します。




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