始めに
ジョン・ポリドリ『吸血鬼』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ポリドリの作家性
ポリドリの代表作『吸血鬼』は、1816年の「ディオダティ荘の怪談会」でバイロンが書き捨てた断筆を元にしています。主人公のルスヴン卿は、当時のバイロン自身のパブリックイメージとしての傲慢、退廃的、魅惑的だが破壊的を色濃く反映しており、ポリドリはバイロンへの複雑な感情を怪物に仮託して描きました。バイロンの主治医であったポリドリは、バイロンの圧倒的な才能と名声に圧倒されつつ、彼からの冷遇に深く傷ついていました。この愛憎が作品の緊張感を生んでいます。
ポリドリは当時のゴシック文学の潮流の中にいました。種々の作家たちの様式は彼の血肉となっていたと考えられます。ラドクリフ『ユードルフォの秘密』などで知られる彼女の説明される超自然や、異国情緒あふれる舞台設定。マシュー=グレゴリー=ルイス『マンク』における、より露骨で暴力的な恐怖演出や、背徳的なテーマ。ウィリアム・ゴドウィンの社会批判的な視点や、追跡・強迫観念を扱った作品の影響も指摘されます。
ポリドリ自身の専門領域も大きな影響源です。エディンバラ大学での医学修行で夢遊病に関する学位論文を書いています。死と生、あるいは意識と無意識の境界線に対する医学的な関心が、吸血鬼という生ける屍の描写にリアリティを与えました。
吸血鬼
当時、旅行記などで紹介され始めていたバルカン半島の吸血鬼伝説が背景です。ビュルガーはドイツの詩人で、彼のバラッド『レノーレ』は、死者が恋人を連れ去るというモチーフで、ポリドリを含む当時のロマン派作家たちに多大な影響を与えました。ポリドリの『吸血鬼』は、バイロンの影に隠れがちですが、それまでの野蛮な怪物だった吸血鬼を魅惑的で都会的な貴族へと変貌させた点に独創性があります。
ポリドリ以前の吸血鬼は、東欧の伝承に基づいた不潔な動く死体に過ぎませんでした。しかし、ポリドリは彼を洗練された貴族へと変貌させました。労働せず、他者の生命や財産、あるいは名誉を吸い取って生き永らえ、社交界を自由に泳ぎ回る貴族。これは当時の新興階級から見た、旧弊な貴族社会の捕食的性質への恐怖を象徴しています。
バイロン的ヒーロー
バイロン卿をモデルとしたルスヴン卿は、冷淡で傲慢、かつ憂鬱な影を湛えていますが、同時に周囲を惹きつける圧倒的な魅力を持っています。美徳や道徳を嘲笑い、自らの欲望に従う姿は、抑圧された社会における自由の極端な形でもあります。 彼に関わる女性たちは一様に破滅しますが、それは吸血鬼が強制的である以上に、犠牲者が自ら彼に魅了されてしまう点に悲劇の本質があります。
物語の鍵となるのは、主人公オーブリーがルスヴン卿と交わした一年と一日の間、自分の死を口外しないという誓いです。真実を知りながら語ることができないという言語の制約が、オーブリーを精神的に追い詰めます。これは、悪を認識していながら沈黙を強要される社会的な加担や共犯関係の苦しみを描いています。
ゴシック
ゴシック文学全般に共通しますが、吸血行為はしばしば性行為の隠喩として機能します。首筋への噛みつきや、夜間に密室へ侵入する行為は、当時の道徳規範では語れなかった逸脱した欲望や誘惑を、超自然的な現象として表現したものです。
生と死、人間と怪物、知性と野蛮。本来明確であるべき境界線が崩壊することへの根源的な恐怖が、読者の不安を煽ります。ポリドリの作品は、吸血鬼を理性を備えた冷徹な知性体として定義したことで、後のブラム・ストーカー『ドラキュラ』や、さらに現代のアン・ライス、さらには貴族的な退廃を扱う20th世紀のポストモダン文学へも繋がる道筋をつけました。
物語世界
あらすじ
ロンドンの社交界に、冷淡で謎めいた眼差しを持つ貴族、ルスヴン卿が現れます。純真な青年オーブリーは、彼の奇妙な魅力に惹かれ、共にヨーロッパ旅行に出ることにしました。しかし、旅を続けるうちに、オーブリーはルスヴン卿が関わる人々がことごとく不運に見舞われ、彼が悪徳にのみ手を差し伸べる残酷な性質を持っていることに気づき、ローマで彼と別れます。
一人でギリシャへ向かったオーブリーは、美しい村娘イアンセと恋に落ちます。彼女から吸血鬼の恐ろしい伝承を聞かされますが、理知的なオーブリーはそれを迷信だと笑い飛ばします。しかしある夜、イアンセは吸血鬼に襲われ、喉を切り裂かれて命を落とします。その犯行現場の近くには、なぜか再び現れたルスヴン卿の姿がありました。
再び行動を共にすることになった二人ですが、旅の途中で強盗に襲われ、ルスヴン卿は致命傷を負います。死の間際、彼はオーブリーに奇妙な要求を突きつけます。「私がいかなる最期を遂げたか、一年と一日の間、誰にも口外しないと誓え」と。オーブリーが誓いを立てると、ルスヴン卿は息を引き取りました。しかし翌朝、遺体は跡形もなく消え去っていました。
ロンドンに戻ったオーブリーは、死んだはずのルスヴン卿がマースデン伯爵と名乗り、平然と社交界に復帰しているのを見て驚愕します。ルスヴン卿はオーブリーの最愛の妹に狙いを定め、結婚を迫ります。オーブリーは妹を救おうとしますが、一年と一日の誓いという言葉の呪縛が彼を縛り、真実を語ろうとすると錯乱状態に陥ってしまいます。
誓いの期限が切れる最後の日、オーブリーはついに真実を周囲に伝えようとしますが、極度の精神的苦痛から血管が破裂し、息絶えてしまいます。人々が急いで妹のもとへ駆けつけたときには、すでに時遅く。ルスヴン卿は姿を消し、オーブリーの妹は、吸血鬼に血を吸い尽くされた無惨な死体となって発見されるのでした。




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