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チェーザレ・パヴェーゼ『月と篝火』解説あらすじ

チェーザレ・パヴェーゼ
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始めに

 チェーザレ・パヴェーゼ『月と篝火』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

パヴェーゼの作家性

 パヴェーゼは、当時のイタリアにアメリカ文学を熱心に紹介した翻訳家でもありました。アメリカ文学の野性味や話し言葉に近い文体は、ファシズム下の閉塞感の中にいた彼にとって、自由の象徴でした。パヴェーゼはメルヴィル『白鯨』をイタリア語に翻訳しました。メルヴィルの持つ神話的象徴性は、パヴェーゼの後半生の作品に色濃く反映されています。ホイットマンの自由奔放な詩風は、パヴェーゼの初期の詩集『働き疲れて』に大きな影響を与え、叙情性を抑えた独自のスタイルを生むきっかけとなりました。ヘミングウェイの簡潔で力強い文体に影響を受けました。


​ フォークナー、シャーウッド=アンダーソンにおけるアメリカの地方を描く彼らの手法から、自身の故郷ピエモンテの土地の記憶を描くヒントを得ています。


 ​​ジャンバッティスタ=ヴィーコは18世紀イタリアの哲学者です。ヴィーコの歴史の循環や神話的思考の概念は、パヴェーゼが子供時代の経験を神話として再構成するという手法をとる基礎となりました。またユング心理学におけるアーキタイプの考え方は、彼の象徴主義的な表現に影響を与えています。

 レオパルディはイタリア最大の抒情詩人の一人です。レオパルディが抱えていた実存的な孤独や絶望そして自然との対話というテーマは、パヴェーゼに影響しました。

タイトルの意味

 ​主人公のアンギッラは、アメリカで成功を収めた後に故郷のランゲ地方へ戻ります。しかし、彼を待っていたのは失われた時でした。かつての知り合いは死に絶えるか、戦争で傷ついています。彼は私生児であり、戻るべき家さえ本来は持っていませんでした。パヴェーゼは人はどこへも帰ることはできないという残酷な真実を浮き彫りにします。

 ​タイトルにある「月」と「篝火」は、神話と歴史の対立を象徴しています。月は神話・自然のサイクルで、​季節、収穫、迷信を象徴します。農民たちは月が満ち欠けする時に木を切るな、といった、抗えない自然の摂理の中に生きています。​篝火は野蛮・血の儀式・歴史のことで、​本来は土地を肥やすための古い風習ですが、物語の終盤では戦争の惨劇や処刑の炎へと転じます。時代が、静かな神話的世界を焼き尽くしていく様が描かれています。

 ​パヴェーゼにとって、子供時代は唯一の聖なる時間でした。​主人公は、足の不自由な少年チントに自分自身の幼少期を投影します。しかし、チントを襲う悲劇を通じて、パヴェーゼは子供時代の無垢な世界すらも、貧困や暴力という現実によって破壊されることを突きつけます。​アンギッラは村に戻っても、親友ヌート以外とは深い対話が成立しません。​アメリカでも異邦人、故郷でも異邦人。言葉を持っていても、伝えるべき相手がいないというパヴェーゼ自身の孤独が、全編に漂う静かな絶望感の正体です。

物語世界

あらすじ

​ ​主人公の通称ウナギ(アンギッラ)は、かつてイタリアピエモンテ州の貧しい農村に捨てられた私生児でした。彼は若くして故郷を捨て、アメリカへ渡って富を築きます。


 ​戦後、40代になった彼は自分は何者なのかという答えを求めて、かつて自分が働いていたランゲ地方の丘へと戻ってきます。彼は、故郷の風景や土の匂いは変わっていないことに安堵しますが、同時にそこには自分の居場所がもうないという疎外感も味わいます。


​ ​彼は、少年時代に奉公していた大きな農園ラ・モッラの主人の三人の娘たち(アイリーン、シルヴィア、サンタ)を回想します。彼女たちは当時の彼にとって、美しさと自由の象徴でした。しかし、再会した親友のヌートから聞かされる彼女たちのその後の運命は、あまりにも残酷なものでした。


​ ​主人公は、かつて自分が育った農家で暮らす、足の不自由な少年チントと出会います。​主人公はチントに、貧しかった少年時代の自分を重ね合わせ、彼を助けようとします。​しかし、チントの父親は極貧と絶望の末に狂い、家族を殺して家に火を放ち、自らも命を絶ってしまいます。


​ ​物語のクライマックスで、主人公は親友ヌートから、最も美しかった末娘サンタの死の真相を聞かされます。​彼女は戦争中、ファシストとパルチザンの二重スパイのような振る舞いをしたとして、パルチザンによって射殺されていました。そして、彼女の死体は埋葬されることもなく、山の上で篝火として焼かれ、灰にされたのです。
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