始めに
チュツオーラ『やし酒のみ』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
チュツオーラの作家性
チュツオーラは正規の高等教育を十分に受けておらず、いわゆる文学青年として世界の古典を読み漁っていたわけではありませんが、種々の作家の影響があります。
D=O=ファグンワはチュツオーラにとって最大の先駆者であり、直接的な影響を与えたのは同じナイジェリア人作家のファグンワです。ファグンワはヨルバ語で『千の精霊の森の狩人』などの幻想的な物語を書いていました。チュツオーラはこのファグンワが確立したヨルバの伝承をベースにした冒険譚のスタイルを、自分なりの英語で書き直したと言えます。
ジョン=バニヤンの影響も大きいです。主人公がさまざまな困難や誘惑に遭いながら目的地(あるいは救済)を目指すという遍歴の構造は『天路歴程』と重なります。
チュツオーラはキリスト教徒として育てられたため、聖書の物語構造や、奇跡、悪魔、死後の世界といった概念に強く触れていました。『やし酒飲み』に見られる死者の町への旅や、善悪の対峙、不思議な道具の使い方は、聖書の奇跡譚や預言的な語り口の影響があります。
ほかにもヨルバ族の民話や神話の影響があります。
通過儀礼として
主人公は最初、自分では何もせず、ただ「やし酒」を飲むことだけにふける自堕落でわがままな人物として描かれます。最高のやし酒造りの名人を失ったことで、彼は初めて自分の足で未知の世界へ旅立つことを余儀なくされます。数々の試練や怪物との戦い、そして死との直面を経て、彼は最終的に村を飢饉から救う責任ある大人へと変貌を遂げます。これは古典的な貴種流離譚や成長物語の構造を持っています。
物語全体を通して、何かを得るためには、何かを支払わなければならないという論理が働いています。化け物から逃げるために魔法を使えば、それ相応の苦労が伴います。最終的に手に入れた何でも食べ物が出てくる魔法の卵も、人々の強欲さによって壊れてしまいます。ここには、人間の欲望に対する皮肉と、魔法のような解決策には必ず副作用があるという教訓が含まれています。
混沌とした秩序
この作品のユニークな点は、生者の世界と死者の世界が地続きであることです。主人公は死んだ名人に会うために旅をしますが、結末で死んだ者は生者の元へは戻れないという冷酷な現実を突きつけられます。他方、死者を呼び戻すことはできなくても、死者から授かった魔法によって生者の世界を救うことができるというのは寓意的です。
またチュツオーラは、ナイジェリアのヨルバ族に伝わる伝統的な民話や神話の中に、電話や軍隊切手といった西洋近代のガジェットを登場させます。植民地支配下にあったナイジェリアにおいて、古来の口承文学と新しく入ってきた西洋文化が衝突・融合する中で生まれる混沌としたエネルギーそのものがテーマとなっています。
物語世界
あらすじ
自らを「全知全能の神々の父」と呼ぶ神であり呪術師でもある人物についての物語です。彼の人生は、西アフリカ各地の儀式に使われるヤシの木の発酵した樹液から作られるヤシ酒の過剰摂取を中心に展開します。
裕福な家の息子である語り手は、ヤシの木から樹液を採取して酒を仕込むタプスターを雇う余裕があります。そのタプスターがヤシの木から落ちて死んでしまい、酒の供給が途絶えてしまうと、絶望した語り手は別のタプスターを探すのですが、亡くなったタプスターに匹敵する者はいません。語り手は死んだタプスターがどこへ行ったのかを突き止める旅に出発し、その道中で超自然的な存在からの試練をその狡猾さで幾度となく乗り越えていきます。
語り手は故郷を出てから7ヶ月後、実は神である老人に出会います。老人は、魔法の網で死神を家から連れ出せば答えを教えると約束します。老人は死神が語り手を殺すだろうと予想するものの、死神を連れて戻ってきたため、老人は恐怖に駆られ逃げ出します。しかし、約束していた死んだタプスターの居場所は教えてもらえません。
老人の町を去ってから5ヶ月後、語り手は別の町に到着し、町長に客として迎えられます。語り手が全能の力を持つと明かすと、町長は、市場で娘を誘拐した怪物(後に完全な紳士であると判明する)から娘を救ってくれれば、死んだタプスターの居場所を教えると申し出ます。
語り手はその女性を救い、妻と迎えますが、町長は死んだタプスターの居場所を教えません。もし知ったらすぐに立ち去ってしまうだろうと分かっているからです。語り手の妻は「ズルジール」という名の息子を出産します。その子は町を恐怖に陥れ、語り手が対処します。
この出来事の後、町長は語り手に、亡くなったタプスターの居場所は死者の町に住んでいると告げ、語り手は妻に付き添われてその場所へと出発します。
目的地を定めた語り手と妻は、超自然的な森や町々を旅しながら、様々な存在に出会います。中には悪意に満ちた者もいれば、親切な者もいます。彼らは互いに助け合い、様々な困難を乗り越えます。
死者の町に着くと、タプスターは町から出られないことが明らかになります。しかし、タプスターは語り手に、願いを何でも叶えてくれる卵を与えます。
語り手は故郷に戻り、飢饉のさなか、その卵を使って町とその周辺地域に無限の食料とヤシ酒を供給します。しかし、人々は喜びのあまり卵を割ってしまい、もはや食料を生産できないと悟ると、すぐに語り手に襲い掛かり、軽蔑します。
物語は、語り手が卵を接着剤で元通りにし、それを使って人々に復讐し、飢饉を終わらせる儀式を行うところで終わるのでした。




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