始めに
トゥルニエ『フライデーあるいは太平洋の冥界』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
トゥルニエの作家性
トゥルニエの思想的背景は多岐にわたります。彼はもともと哲学者を目指していましたが、当時のフランスの教授資格試験(アグレガシオン)に失敗し、文学へと転向しました。同時代人」の影響です。
ドゥルーズはソルボンヌ大学時代の学友であり、生涯の友人でした。他者がいなければ世界はどのように崩壊するかという、本作の核心にある理論的枠組みは、ドゥルーズとの対話から大きな影響を受けています。
トゥルニエの物質へのこだわりは、科学哲学者バシュラールの影響が色濃いです。レヴィ=ストロースの人類学の影響も無視あります。ロビンソンが文明を捨て、フライデーの野生の論理を受け入れていく過程には、未開社会を劣ったものと見なさない構造主義的な視点が反映されています。
トゥルニエはドイツ文学、哲学の専門家でもありました。ゲーテの『ファウスト』のような、個人が宇宙的な真理に到達しようとするビルドゥングス・ロマンの形式や、カント的な理性へのこだわりが、ロビンソンの内面に投影されています。
ロビンソン=クルーソーのパロディ
本作はダニエル=デフォーの『ロビンソン=クルーソー』を現代思想の視点から再構築した物語です。
デフォーの原作との最大の違いは、ロビンソンが孤独をどう捉えるかです。トゥルニエは、他者がいるからこそ私たちは客観的な世界を維持できると考えました。他者がいなくなると、物の距離感や時間の感覚が歪み、世界そのものが相対化します。他者の目がない場所で、ロビンソンは文明人としての理性を失い、徐々に島そのものへと同化していきます。
ロビンソンは当初、島を「スペランザ号」と名付け、法律を作り、時計を動かして文明を再現しようと執着します。しかし、孤独に耐えかねた彼は、泥沼の中で胎児のように丸まる退行現象を経験します。最終的に、彼は土や太陽といった自然の元素と一体化する聖なる狂気へと向かいます。ロビンソンは島の洞窟や大地に官能を見出し、人間相手の性愛ではなく、地球との交わりを通じて形而上学的な快楽に到達しようとします。
フライデーの逆襲?
後半、登場するフライデーは、ロビンソンが築き上げた主従関係や文明の秩序をことごとく破壊します。最終的にロビンソンはフライデーを教化するのではなく、フライデーの持つ野生の知性や自由、そして「太陽への崇拝」を学ぶ生徒のような立場になります。そうして規則正しい歴史的な時間を捨て、永遠の今を生きる神話的な時間へと移行します。
デフォーのロビンソンが文明を輸出した男だとしたら、トゥルニエのロビンソンは文明を脱ぎ捨て、太陽の息子になった男と言えます。ロビンソンは孤島に理性と秩序をもたらすのに失敗し、フライデーにそうしたスタンスを相対化され、呪術的神話的世界へと至るのでした。
物語世界
あらすじ
18世紀、難破船ヴァージニア号のただ一人の生存者ロビンソン=クルーソーは、もう一匹の生存者である犬のテンと共に無人島へ降り立ちます。
ロビンソンは現実から逃避し、「脱出号」と名付けた船を制作し、島から脱出しようと試みるものの、船が大きく重すぎたので海まで運ぶことが出来ません。脱出という希望を打ち砕かれたロビンソンは無気力となり、泥と自らの糞便の中で這いずり回る存在にまで堕してしまいます。
何とか泥から這い上がったロビンソンは、この島を「スペランザ(希望)」と名付けます。島を探検し、畑を作り、牧畜を行い、魚の養殖をも行います。さらには法律・度量衡を定め、簡素な水時計を作ることでこの島に「時間」を導入し、この混沌たる島に秩序をもたらそうと奮闘します。
一方でロビンソンは時に時計を止め、島の洞窟の中のくぼみの中で、疑似的に母の胎内に戻ります。その行為の末に彼は自分が一人の自立した男であることを自覚して立ち上がります。
その次に彼は動植物のセックスに興味を持ちます。更に最後に彼はこのスペランザ島そのものとの交合を行い、娘たち(マンドレイク)を儲けます。
努力の末にロビンソンは、スペランザにある程度の「文明」を築くことに成功します。しかしそれは極めて不安定な空中楼閣であり、文明ごっこでした。
この状況に現れるのが本作の主人公フライデーです。フライデーはロビンソンに命を救われます。その日が金曜日だったのでフライデーとロビンソンが名付け、自らの従者、あるいは奴隷としました。
しかしフライデーは主人であるロビンソンに対して表面上は従うものの決してロビンソンに対して屈服したわけではありません。ロビンソンが構築した「秩序」はフライデーによって次々と壊されます。ロビンソンが育てた稲田は干上がり、ロビンソンの妻たるスペランザ島を寝取り、そして最後はロビンソンに隠れてタバコを吸っていたところ、その火が火薬に引火して、ロビンソンが文明の象徴としていた彼の住居・礼拝堂・暦を木端微塵に吹き飛ばします。
しかしこのことでロビンソンは自らが構築してきた「秩序」「文明」の戒めから解放されます。フライデーは奴隷ではなく、この島における友人であり、先達であり、師でした。
その後、ホワイトバード号というイギリス船がスペランザ島を訪れます。これで本国に帰還できることになったロビンソンですが、本国に帰還してもこの島でフライデーと共に過ごすような幸せを得ることは出来ないと考えたロビンソンは、島に残ることを決意します。
ところがフライデーは、ロビンソンを裏切ってイギリス船に乗り込んでしまいます。絶望するロビンソンでしたが、そこにホワイトバード号から脱走してきた少年が現れ、ロビンソンは彼を「サーズデー(木曜日)」と名付けて共に島で暮らすのでした。




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